あわいをめぐる旅

003. 今と未来のあいだ -テスラのタクシーの走る国-

今、日本から来た人がオランダのスキポール空港に到着し、タクシー乗り場に並んだら、きっと驚くだろう。次々と乗り場にやってくるタクシーの半分がテスラなのだ。もし、そのTの字を模したロゴが自動運転機能で話題になっている高級電気自動車のものであることを知らなくとも、そのCEOであるイーロン・マスクが「人類を火星に移住させる」という壮大な構想を持っていることを知らなくとも、それが日本のとある市で公用車として採用されたことに非難が集まった車だということを知らなくとも、その車の醸し出す独特の静けさと洗練された空気感から、それが何か特別な車だということを感じるに違いない。

しかも、2台に1台やってくるテスラのうち、その半分は、「ガルウィング」と呼ばれる、扉が翼のように上下に開くタイプの車種だ。ガルウィングと言えば、高級スポーツカーの代名詞のようなイメージだが、日本ではなかなか実際に目にする機会はない。それが、タクシー乗り場に来る車の4台に1台は翼のように大きく扉が上下に開き、大柄のオランダ人が楽々と乗り込んでいくのだ。ここは一体どんな国だと、未来に来たような気分になる。

アムステルダムには現在、2000台以上のテスラのタクシーが走っているという。テスラは、日本円で1千万円以上する。なぜ、タクシーにテスラを使っているのか聞くと、生まれも育ちもアムステルダムだが、両親はモロッコ出身だという運転手は、得意げに教えてくれた。「オランダでは、街中で無料で電気自動車の充電をすることができるんだ。家で充電をするとお金がかかるけれど、それでもガソリンに比べると安い。タクシーに使うにはテスラはちょうどいい。環境にもいいしね」

アムステルダム市は、宅配業者やタクシー会社などが商用車として電気自動車を購入する時に補助金を出し、2015年までにタクシーだけでも450台の電気自動車を走らせる意向があったということだが、現在既にテスラだけでも2000台を超える電気自動車のタクシーが走っているということで、取り組みは順調に進んでいるのだろう。街中の公共充電ポイントでは、風力や太陽熱で作られた電気が使われている。

オランダがこういった取り組みができるのは、自国に、個人向けの自動車メーカーがないということも大きいかもしれない。環境という大きなテーマに向けた取り組みを、フラットな立場で推進することができるのだろう。いや、もしかしたら、今のオランダであれば、たとえ自国に複数の自動車メーカーが存在したとしてもやはり同じような政策を進めたかもしれない。自然環境や人が生きる環境、そして人の心身の健康に対する意識の高さというのは、オランダの法律や住環境のつくりからも伝わってくる。

経済合理性、環境負荷、乗り降りのしやすさなどからテスラを選んでいるという人が日本にはどれだけいるだろうか。そういう理由で、テスラを選ぶ人がいるということを、どれだけの日本の人が知っているだろうか。

物を買うというのは、投票でもあり、未来への投資でもある。安価な物が、何を使って、誰の手で、どうやって作られているか、使った後にどうなるかを考えると、必ずしもそれが人間にとって、未来の世界にとって良いとは限らない。もちろんそれは高価なものにも言える。

それにしても、外から見ていると、日本という国はどうも、持続可能ではない方法で物やサービスをつくりだしているように見える。何より人の力という資源を、あまりに過剰に軽んじて使っているように感じる。そして、自分たちが日々、安く簡単に手に入るものが、どうやってつくられ、環境にどのような影響を与えているかにもあまりに無頓着ではないか。無料でもらえるビニール袋は、もはや世界のスタンダードではない。環境に与えた負荷を取り戻すためにかかる時間と費用を考えると、安価なものが必ずしも良いとはやはり言いきれない。時間と費用をかけてどうにかなるものはまだしも、もう、取り戻せないところまで来ているものもある。

オランダのスキポール空港からテスラに乗る機会があるならば、それが高級車であるということではなく、その裏にある、なぜテスラがオランダで選ばれているかということにも想像を巡らせてみてほしい。これまで見てきたものとはまた違った世界や、価値観、そして未来が見えてくるだろう。2019.09.13 Fri 21:32 Leiden