あわいをめぐる旅

002. 人と人のあいだをつなぐもの −世界を変えた場所を訪れて−

2019年9月3日、私はスイスのジュネーブの郊外のメラン(Meyrin)という街からジュネーブ中心部に向かうトラムの中にいた。訪れていたのはCERN、欧州原子核機構。大型ハドロン衝突加速器(LHC)を使って陽子を超高速に加速し衝突させ、高エネルギーの素粒子反応を起こそうとする実験を行なっている世界最大規模の素粒子物理学の研究所だ。真偽のほどは分からないが、この実験によってミニビックバンやブラックホールが作り出されている危険性があり、それが宇宙全体を破壊してしまう恐れもあるとも言われている。世界中の科学者たちが集まると言われるこの場所は、人類、そして宇宙の歴史を大きく変える場所になるかもしれない。

ちょうど30年前、この場所で生まれ、既に人類の歴史を大きく変えたものがある。www(World Wide Web)、現在一般的に「インターネット」と呼ばれている世界だ。1989年、CERNに在籍していたティム・バーナーズ=リーがwwwのコンセプトを発明。1993年、CERNはwwwをすべての人に無償で利用可能にすることを発表した。その後の世界のめまぐるしい変化は説明するまでもない。ジャレド・ダイアモンドは著書『昨日までの世界』で、国家が成立し文字が出現する以前の世界と現代世界の対比を描いたが、www以降の世界が当たり前となった私たちにとって、1993年以前はまさに「昨日までの世界」だ。

ティムが当初想像していたのはオープンソースを活用した中央集権型ではない世界だった。それは現在ブロックチェーンが目指している方向性でもある。しかし、wwwの普及によって起こったのは、ティムが描いた世界とはかけ離れた現実だった。Googleやfacebookなどの企業が個人情報を吸い上げ、それに対して私たちは自分たちのあらゆる活動に関するデータの制御を自分では行うことができなくなっている。さらに「広告収入型」というビジネスモデルが掛け合わされ、wwwの世界(インターネット)の利用者は、データを蓄積している企業および、そこに広告を出す企業によって、尽きることのない消費活動を促される対象となっている。

技術はときにそれを作った人の想いや思想とは違った方向に活用される。技術を活用した人にも、それぞれの想いや思想、正義がある。「何が正しかったのか」が分かるときは来ないのかもしれない。しかし、今、私たちはその技術が使われた世の中が向かう方向性を専門家だけの手に委ねるのではなく、自らの、そして人類にとってより良い世界とは何かを考え、選択をしていくときが来ているのではないか。

セルンで行われている実験を通して、人類や宇宙の起源、そして未来を知ることができるかもしれない。しかし、それでもまだ、分からないことはあるのではないか。例えばなぜ今私が嬉しい気持ちなのか、悲しい気持ちなのか、あの人とは上手くいくのに、あの人とは上手くいかないのか。人間や宇宙を組成するものを紐解くことによって解明されることもあるが、それは一部であって全てではないだろう。なぜなら私たちは、コピーも再現も保存もできない、今という動的な瞬間を生き続けているのだから。

「今私たちが抱えている“コミュニケーションの課題のようなもの”は、急激に起こった世界の情報化によって生まれたものだ」ということを考えているときに滞在しているのが、奇しくも、情報化のはじまりとなった、wwwの生まれた場所だった。これは偶然ではないのかもしれない。私たちが今乗り越えるべき課題のヒントがここにあるのだろう。

効率や生み出すものの高性能化を目指して働くことを求められた時代から、これまでとは違った基準で幸せを生み出すことを求められる時代へ。その中で、私たちが「交わすべきもの」もアップデートをすることが迫られている。

人間をどんなに細かく分解しても分からないことがある。それが、人と人との「あいだ」にあるものだ。世界の変化とともに、「コミュニケーション」や「関係性」についての定義や認識自体のアップデートが必要となっている。言語情報・視覚情報・聴覚情報が存在することを前提とする、メラビアンの法則では語れないものが飛び交っている世界で、私たちは、人から何を受け取り、何を伝えていけばいいのか。計測できることを極限まで追い求める人たちがいるこのジュネーブの地で、計測できないことに取り組み続けることの意義を強く感じている。2019.9.3 Tue 19:44 Geneva