世界が混乱する中、それに影響を受けて大きく戸惑う人と、そうでない人がいる。

その違いは何だろう。

私はコーチとして、これまでも今も、様々な人の言葉と言葉にならないものたちを聴き続けている。

そんな中で今感じるのは「自分の死を経験したことがある人は強い」ということだ。

ここで言う「死」とは、肉体的な死ではない。

もちろん、肉体的に生と死のはざままで行ったことがある人は強い。

でも、「死」とは、それだけではない。


例えば、社会における物理的な死。

会社の倒産や破産、災害などによって住まいを失うこと。
育ててきたもの、作ってきたものを失うこと。

「持っていたものをなくす」「物理的な居場所をなくす」という経験だ。


そしてその多くには社会における関係性としての死が伴う。

仲間を失った。
信頼を失った。
コミュニティを失った。

物理的な物を失うことももちろんとても苦しいが、自分の居場所や関係性を失うことは、さらに苦しいことかもしれない。


そしてさらに社会的における物理的な死と、社会における関係性の死は、自分自身のアイデンティティが死を迎えることも意味している。

それまで抱いていた、「企業人としての自分」もしくは「経営者としての自分」、「社会的な存在としての自分」、「何かを作っている自分」、「育てている自分」…etc…。

これらは全て、「自分が思い描く自分自身の像」でしかないのだが、それを失うことは私たちにとって、肉体的な死に等しいか、それ以上に辛い。


私の父は15年ほど前、早期退職で仕事を辞めた。
大学を卒業して以来、ずっと勤めていた会社だった。

その後の数年間の父の姿は寂しげで、今思い出しても胸が苦しくなる。

そこにはアイデンティティの死があったのだと、今になって分かる。

それは、父にとってのアイデンティティの死であるとともに、私にとっても、「社会に身を置く存在である父の娘」という一つのアイデンティティの死だった。



そういう意味では、いつも自分以外の家族のことを優先してきた母は、所属する企業や社会的な役割、所有するものから形作られるアイデンティティはそれほど強くなく、外的な変化の影響を受けて自分の生活が変化することに対して、父よりは柔軟だったように思う。


しかしそんな中でも、「母親」というアイデンティティは大きいものだっただろう。

5年前、私が離婚を決めたときは私の選択に寛容な態度を示した母だったが、その後数年に渡って「受け入れられない」と言い続けていた。

それは、離婚をしたことだけでなく、私が勤めていた企業を辞めてフリーランスになったことに対しても向けられていたと思う。

小さい頃から私がやりたことをやるようにと後押しを続けてくれた両親だったが、それでも「大学を卒業し、結婚し、企業に勤めている娘の母親である」というのは、母にとってアイデンティティの一つだったのだろう。

それだけ、子どもたちのために人生を向けてくれていたに違いない。

だから、「離婚をし会社を辞めた娘」のことを、「そんな娘の母親である」ということを、なかなか受け入れることができなかったのだと思う。



そんな母は60歳を過ぎて突然水泳を始めた。

「村上春樹がトライアスロンをしていると聞いて、彼がそんなに苦しいことに挑戦しているなら私も何かやろうと思った」という謎の理由である。

欧州に渡ることを決めたとき、「また”受け入れられない”という母の苦しみを私も負うことになるのだろうか」と思ってなかなか言い出せなかったが、出発の2週間前、意を決して伝えたところ、母は「昔から、いろんなところに行きたいと言っていたもんね」と思いの外あっけらかんとしていた。

どうやら、母は自分の向き合う日々の中に、自分自身が在ることを見つけたのではないかと想像している。(それは、「母の思い描く娘」としてのアイデンティティの死を受け入れた私にも同じことが言えるだろう。)

今はスポーツクラブに行けず残念な思いをしているようだが、ここぞとばかりに家の中の断捨離を始め、終活にいそしんでいる。


父は趣味のウクレレが上達し、小さなサークルで教えるまでになった。

今住んでいる地域を離れたくないようだが、それは、新しい居場所を見つけたからだろう。

しかし、いつかは今いる場所を離れることになるはずだ。

いつかは肉体的に泳げなくなる日も来るだろう。

そのときはまた、社会的な関係性や自分自身のイメージというアイデンティティの喪失を経験することになるかもしれない。

それでも、繰り返し、向き合い続けていくのだ。


今、オフィスという物理的な環境における自分自身の居場所、そして、そこにある関係性の中での自分自身の居場所を失っている人がたくさんいる。

企業や事業の存続に危機に直面している人もいる。

そこには戸惑いや苦しみがある。

それは自然なことだ。

そこに自分の居場所があったのだから。

経営者として、プロフェッショナルとしてのアイデンティティがあったのだから。



私たちは無意識に、多くの外的なもので自分を規定している。

だからそれがなくなったとき「何者でもない自分」を認めることは難しい。

それは自然なことだ。



でも、思い出してほしい。

私たちはこれまで、既に何度もアイデンティティの死を経験してきている。

それは、慣れ親しんだ学校を離れるとき、職場や部署を変わるとき、結婚をしたとき、離婚をしたとき、子どもが生まれたとき、住む場所を変えたとき。

どんなときでもそこには、「これまでの自分」と決別するプロセスがある。

一見、楽しみが大きなことの裏にも、少しの「痛み」があったはずだ。


大きな環境の変化がなくても、私たちはすでに何度も、アイデンティティの死を乗り越えてきている。


そうして今がある。

何より大きなアイデンティティの死は、自分が生を受けた母親の胎内から出てくるとき。そして、それでもなお一体だと思っていた母親と自分が異なる存在なのだと知ったとき。

そこにある途方もない喪失感と苦しみを、私たちは乗り越えてきているのだ。

今、苦しみがあるのなら、それはあなたが一つのアイデンティティの死を迎えようとしているからだ。


アイデンティティの死は苦しい。とても苦しい。


でもそれは、あなたがこれまで身を置いた世界を精一杯生きてきた証だ。

あなたがこれまで何度も、自分の死を迎えてきた証だ。


それでもなお、あなたは生きているのだということを、思い出してほしい。

鳥は卵の中からぬけ出ようと戦う。卵は世界だ。生まれようと欲するものは、一つの世界を破壊しなければならない。
ーヘルマン・ヘッセ著 『デミアン』より