453. 旅立つことを決めたなら

静かな日曜の朝。霧がかかっているのか、窓の外の景色は絵画のようにぼんやりとした光を含んでいる。

昨日、オーナーのヤンさんに3月いっぱいで部屋の解約をしたいという希望を申し出た。長い旅に出ること、この部屋が大好きだったこと、部屋や私のことをいつも気にかけてくれていたことへの感謝を伝えると、ヤンさんは「残念だけど」と返事をくれた。

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月にインターネットの不調を改善するためにヤンさんが部屋にやってきたときに彼がいて、「今はパートナーシップを始めるために試しに一緒に住んでいるところだ」と話したと聞いた。そのときに、彼がこれまで旅をしながら暮らしていたことを話すとヤンさんが顔をほころばせていた。だからきっと、私が、彼とともにここを出て旅に出るのもそう遠くない未来だと分かっていただろう。

モーリシャスが最初の滞在先候補に上がったのは数日前のことだった。日本かバリ、そして他の場所にも数ヶ月ずつ滞在してそれから拠点にする場所を決めたいねと話してきたが、日本が外国人の受け入れを再開するのがいつになるか分からないこと、バリは入国できるようになったとしても30日間(最大60日間)しか滞在できないことから、他の候補地を探していた。

「できれば日本との時差が5時間くらいだと、仕事もそれ以外のこともバランスよくできそう」と世界地図を眺めていたときに目に留まったのが、モーリシャスだった。モーリシャスの西側には(地図上では近いが実際にどのくらい近いか分からない)マダガスカルがあり、マダガスカルの北側にはセイシェル諸島がある。マダガスカルにも惹かれるが、何せ大きい。セイシェルはフランス人のバカンスになっているということで、それよりも物価が低く、かつ自然が美しいだろうということでモーリシャスが一気に候補となった。

モーリシャスに行くことを検討していることを打ち合わせで話した際に「最近よくインド人がバカンスでモーリシャスに行ったという話を聞く」という話を聞いた。そして昨日、「そう言えばモーリシャスは今、入国規制をしているのだろうか」と思って調べてみると、現在モーリシャスは南アフリカ・日本・ブラジル・英国に過去15日間の中で滞在したことがある人は入国できないという条件になっていることが分かった。PCR検査や隔離期間は必要だが、それを受け入れるのであれば入国できるということになる。「モーリシャスに行けるよ!」と彼に告げると、「出発のときだ」と返事が返ってきた。4月の上旬はまだ入っている予定が少ないため、今なら自由にスケジュールを組むことができる。もともと4月は調整期間にするつもりだったため、1月から3月に開催してきた勉強会は一旦お休みになり、生活環境が変わるタイミングとしてもちょうどいい。問題は家の契約だ。契約上、2月中に解約の申し出をした場合、3月分まで家賃を払う必要があり、3月に入っての申し出の場合、4月の上旬に退去するとしても4月分の家賃の支払いが必要になる。これまでは「気持ちの余裕が大事。タイミングを決めることは難しいから1ヶ月分余計に払うことは構わない」と考えてきた。しかし、もし4月の上旬に出発するとなると、そのあたりも改めて考える必要があるだろう。と言っても、2月は28日までなので、3月いっぱいで解約をする場合はあと2日のうちにヤンさんに伝えなければならない。

夕方、散歩にでかけると、いくつかのサッカーコートのある大きな公園の脇で、ダンスを踊っているカップルがいた。「サルサだ」と彼が声をあげ、「One, two, threefive six, seven」 とリズムを口ずさむ。

公園の周りをぐるりと回ってもなおカップルは踊り続けていて、彼らが見えるところで立ち止まり、フェンス越しにサッカーをしている人たちを眺めた。

「どうやって旅の計画を始める?」と声をかけ、旅についての話を始めた。モーリシャスは滞在できる可能性が高いこと、モーリシャスに行けなくても、スペインやイタリアなど、南ヨーロッパでいい場所があること。彼がコロナを発症し回復し、私もおそらく抗体ができているので、再び検査を受けて陰性になっていれば、(新型のものが広がらない限り)発症する可能性が低いことなどを話した。それから少し歩いて、たくさんの子どもたちが遊んでいる公園の脇のベンチに腰掛け、また話した。

そうして、その日のうちにヤンさんに3月末で解約をすることを申し出ることを決めた。

家までの帰り道、「ハーグの街で暮らすのはあと1ヶ月なのだ」と思うとなんだかとても感慨深くなった。欧州に渡ってもうすぐ丸4年が過ぎようとしている。いろいろなことがあったけれど、昨年は、コロナで日本から友人たちが遊びに来ることができなかったことを除けば、静かで、穏やかで、特に最後の半年は仕事の流れも変わり、充実した時間だった。そして彼との出会いがあり、今は、毎日ヘルシーでかつ美しい食事を楽しく摂ることができている。(充実した時間の中で、唯一食事の時間だけが事務的でどこか味気ない時間だった)大好きな街、大好きな暮らし。そう思うときが旅立ちのタイミングなのだ。そして旅立つことを決めたとき、街や暮らしはさらに美しく見える。この「美しいものを手放す」感覚は、これまで何度も味わってきた。

今分かるのは、自由に生きるためには、経済的な自由よりも心の自由が必要だということ。それは彼と暮らしていて学んでいることでもある。無理に働く必要がない彼も、心の自由を手に入れていなければ今のように毎日をごきげんに過ごすことはできないだろう。経済的な自由は心の自由の後押しにはなるけれど、経済的な自由を手に入れたからと言って必ずしも心が自由になるとは限らない。さらに、成長欲求や社会貢献欲求のようなものもときに私たちの心を不自由にするのだというのが最近感じているところだ。これは「善」の感覚にも近いだろう。成長欲求や社会貢献欲求のようなものが自分自身の中に本来ある「美」の感覚と結びついているのであれば話はまた別だが、多くの場合、「善」はこれまで生きてきた社会や人生の中で刷り込まれてきた通念のようなものがベースになっている。しかしそうだということにはなかなか気づくことができない。

私自身は今まさに、内在化した他者および社会に対して自分がどうあるかということにとても影響を受けている。これだけ物理的身体的に人との関わりから距離を置いても、まだそうなのだ。

おそらくここから起こるのは、自分自身が内在化した他者および社会の呪縛から離れていくことと、同時に、そんな状態の他者を見たときに自分の中に反応が生まれるということだろう。それは嫌悪感のようなものかもしれないし、悲しみのようなものかもしれない。とにかく、自分の中でまだ葛藤しているものを他者の中に見ることになるだろう。その経験がまた、自分自身の在り方を深めていくことになるはずだ。「在り方を深める」というのは漠然としているが、そこには自分なりの「美」が存在しているのだと思う。

気づけば日の出の時間は随分と早くなっている。これから1ヶ月でまた、どんどんと心地いい季節になっていくだろう。

1ヶ月の間にどれだけこの暮らしを味わうことができるだろうか。あたたかくなったらフローニンゲンに住む友人を訪ねたいと思っていたが、それはまた、数ヶ月先、次にオランダに戻ってきたときになるかもしれない。

できれば日々の中で少しでも日記を書き続けたいが、きっとそう思いながらあっという間に1ヶ月が過ぎていくだろう。旅立つことを決めた2月の終わり、眼に映る世界が一層輝きを増した。2021.2.28 Sun 8:59 Den Haag