450. だから大切な人の手は離さないでいよう

 

郊外の住宅地を抜けて間も無く、静かな場所に葬儀場はあった。

まばらに車の停まっている入り口付近を抜けて、駐車場の奥、まっさらな雪の中に車を停める。

深呼吸をしようと助手席の扉を開ける。

冷んやりとした空気が一気に車の中に入ってくる。

パートナーのお父さんが亡くなったのは1週間ほど前のことだった。

新型コロナウイルスが原因ではないけれど、医療現場や社会が混乱している今、どこからが「コロナが原因ではない」と言えるのだろうか。


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ちょうど1ヶ月前。

1月1日に会ったばかりだった。

私が想像し実感している「オランダ人」よりも随分と小柄な男性は、車椅子に乗ってはいるものの元気そうで、グラスに注がれたシャンパンを前ににこにこ微笑んでいた。

「これまで何度か体調を崩したことはあったけれど、その度、持ち直したんだ。彼は強い意志を持ってる」

そんな話を聞いていた。

体調が崩れ、病院に運ばれ、「できることはない」と自宅に返されたときも「彼はまだ生きる意志がある」という話をしていた。

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敷地の横を流れる運河は凍っていた。

オランダに来て3度目の冬、運河が凍るのを見るのは初めてだ。

立ち止まると、「トトトトト」と何かを叩くような音が聞こえる。

「またキツツキだ。僕はこれまで一度もキツツキに会ったことがなかったけど、あなたといるとキツツキが挨拶をしてくるね」

いつもと変わらない調子で彼が言葉を口にする。

聞こえてくるのは、鳥たちのつくりだす音、風の音。

凍った世界には、私たち以外に人がいないんじゃないか。

そんなことを思いながら運河沿いの小道を進む。

道の脇に、自転車の車輪ほどの大きさの円が区切られていて、中に「Gereserveerd」と書かれた看板が立っている。

「これは何?」と聞くと、「予約済みだって。自分の場所を生きているうちに予約しておく人もいるんだ」という答えが返ってくる。

「あ、ここは木を植えるんだね。新しいスタイルだ」

そう言われ、目を向けた先に、木と呼ぶにはまだ早い、腰の高さほどの細い枝が見える。

「最近植えられたんだね」

そう言いながら、木の下に置かれたプレートを覗く。

二人分の名前と、それぞれの名前の横に二つずつ日付が並んでいる。

1943年と1940年生まれの二人。

亡くなったのは20208月と20209月。

 

「コロナでなくなった人だ

「一人が亡くなって、その一ヶ月後にパートナーが亡くなってる

他の若い木の根元に立てられたいくつかのプレートにも、2020年の、そう遠くない日付が並んで書かれている。

 

Terrible(ひどい)

と、彼が呟く。


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時間になり案内された待合室には、壁沿いに椅子が転々と並べられていた。

やってくる人たちが彼と、近くに座るお姉さんに声をかけにくる。

腕で触れ合う人もいれば、握手をする人もいれば、抱き合う人もいる。

誰かが来る度に、私も立ち上がって挨拶をする。

と言っても、名前と、一言何かを言うくらいしかできない。

人々が話すオランダ語が、静かな音楽のように宙を漂う。

新たにやってくる人がいなくなって、間も無くして、係の女性が会場にいる人たちに声をかけ、人々が立ち上がった。

彼のお姉さんが、旦那さんと手を繋いで歩き出す。

彼に手を引かれ、その後ろに続く。

10mほどの廊下を歩く僅かな時間の中で、色々なことが頭を駆け巡る。

 

オランダで、誰かのパートナーとしてお葬式に参加をする。

数ヶ月前には想像もしなかった現実が目の前にある。

非日常的なことが起こるのが夢だとしたら、これは夢の一部なんじゃないか。

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式典の会場は中央に置かれた棺を囲んで半円状に椅子が並ぶ小さなコンサートホールのようで、それは私の知る会場とは全く違うものだったけれど、すでに夢のような感覚の中にいる私の心は静けさを保っていた。


一番前の列の、一番奥の席に座る。

隣に座ったお姉さんの目から涙が溢れ、旦那さんがその肩を抱く。

涙ぐんだ彼の腕を抱き寄せて、手を握る。

気づけば、周りの人が皆マスクを外している。

急いでマスクを外す。

係の女性のアナウンスにより式典が始まり、間も無くして、彼が立ち上がった。

胸元から折りたたんだ紙を取り出し、広げ、話し始める。

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前の晩、リビングでスピーチの練習を終えた彼に声をかけた。

「私はオランダ語が分からないから、明日あなたのスピーチを理解することができない。だからよかったらあなたが話すことを英語で教えてくれる?」

そう聞くと、彼はスマートフォンに保存した原稿を開き、大きく息を吸って、練習と同じように、はっきりとした声で英語でスピーチを始めた。

小さい頃の思い出。

お父さんが過ごしたであろう時間のこと。

そして、晩年の楽しみのこと。

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言葉は分からないけれど、彼が何を話しているのかを知らせる感覚が身体の中に生まれる。

「音楽をかけてください」

おそらく、彼が口にした言葉はそんな意味だったのだろう。

会場に音楽が流れ始める。

英語の曲が始まり、歌が聴こえてきた瞬間に、スピーチの台の近くに座る彼の方を見た。

つい数週間前に、一緒に観た映画のワンシーンで流れた歌だった。

お葬式までの間にお葬式で流す曲のリストを作っていたことは知っていたけれど、その曲を彼が選んでいたことは知らなかった。

おそらく、彼のお父さんはこの曲を知らないだろう。

でも、きっと、ぴったりの曲なのだと思った。

サビの部分で、再び彼の方を見る。

お互いに、微かにうなづく。

スピーチを終え、席に戻ってきた彼と、再び手を繋ぐ。

Uncle(おじさん)だと紹介された老齢の男性のスピーチが終わり、再び音楽が流れ、スライドショーが流れた。

そして、係の人のアナウンスがあったためか、みんなが一斉に立ち上がり、私も続いて立ち上がる。

中央に置かれたアイボリー色に塗られた棺が、ゆっくりと沈み始める。

そのとき音楽が流れていたのかどうかは覚えていないけれど、手を合わせるでもなく、目をつぶるでもなく、そこにいる人たちがただ静かに佇む、そんな時間だったように思う。

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式典を終えて案内された部屋には、大きなサンドイッチと小さなケーキが用意されていた。

さらに、ビタバーレンという、オランダ名物の丸いコロッケのようなものも運ばれてくる。

「日本で言うと、唐揚げのようなのだろうか」

そんなことを思いながらビタバーレンをつまむ。

見渡して、改めてそこにいる人たちの人数を数える。

20人ほど。 

その日は雪が降り積もった次の日で、「雪のために行けない」という連絡が朝から何件も来ていたけれど、来られないことは雪のためだけではないことは分かっていた。


何日も夜中の間ずっと看病をしていたというもう一人のお姉さんは、旦那さんがコロナに感染していることが分かり、お葬式に出席することができなかった。

大切な人を見送ることもできない。

「これが、今私が身を置く社会の、世界の、現実なのだ」

と思った。

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1時間ほど、飲み食いをしながら話をしていただろうか。

ぱらぱらと、半分以上の人が帰っていく。

「あと5分ほどです」と係の女性が告げに来た。

残ったサンドイッチとケーキが箱に詰め手渡され、入り口に置いてある花束とともに、その場にいた人たちが運び始める。

そしてそのまま、駐車場に向かう。

花をお姉さんの車に乗せる。

サンドイッチの入った箱の一つを渡される。


そこにいる人たちがオランダ式の、頬に3回するキスを交わし合い、女性たちと私もハグとキスを交わす。

老齢の女性の一人がオランダ語で何かを言う。

「日本では挨拶でキスをする習慣がないのか?って」と彼が言うので、私たちにはその習慣はないと答えると、

また女性が何か言い、

「じゃあ私があなたがキスをした初めの女の人ね、だって」と彼が英語で言い直し、そこにいるみんなが笑った。

 

そのまま車に乗ろうとするので、思わず彼に「骨はどこ?」と聞くと、

4週間保管して、それから焼くんだ。その後に家族が取りにくることになってる。でも、お母さんのときのは受け取っていないんじゃないかな」

という答えが返ってくる。

「コロナだからじゃない。そういう決まりになってるんだ」

そう話す彼はさびしさともあきらめともつかない顔をしていた。

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駐車場を出て間も無く、「ロッテルダムのツアーをして帰ろう」と彼が言った。

「お父さんもきっと街を見たいだろうから」

と。

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ハーグの街に戻り、車をレンタカーショップの駐車場に停め、鍵をキーボックスに入れた。

近くのトラムの停留所に、タイミング良くトラムがやってくる。

20分ほどトラムに揺られ、家の最寄りの停留所で降りる。

歩行者信号が青になるのを待たずに道を渡ろうとすると、ちょうど道を曲がった車がやってきて、足を止める。

One more funeral!(お葬式がもう一つ)」

と彼が笑い、「ほんとにやめてね」と一緒に笑う。

涙と笑い、哀しみと愛おしさが混じり合う。

名前のついていない感情をたくさん感じている。

それが、私たちの生きる現実。

 

2021.02.11 Den Haag