948. 今日が土曜日だから、土曜日から始めよう

 

久しぶりに真っ白な画面に向かっている。最後に日記を書いたのはいつだろうか。「最後に」というほどは時間は経ってないけれど、この2年、特にこの1年間は日記を書くことを日課にしてきたので、1週間以上日記を書かないとどこか気持ちが悪いという感覚がある。

一方で、日々、目の前のこと、目の前の人に向き合っているという実感がある。

確か、一週間の夜のルーティーンを考えたのは1週間ほど前だっただろうか。

土曜の夜は映画を観てダンスをする日にしよう。というパートナーの言葉に、じゃあ、日曜日は何の日にする?と言葉を返すと、おもむろに彼は立ち上がり、ワーキングスペースのホワイトボードの前に立ち、ペンを手に取り、Sat Movie, Danceと書いた。

なぜ土曜日からなのかと聞くと、だって今日は土曜日でしょうという返事が返ってくる。月曜からでも日曜からでもなく、「今日が土曜だから」という理由で土曜日から曜日を数え始める。「なんて自由なんだろう」と思うとともに、自分自身は何て凝り固まった頭をしているんだろうとも思う。こんな風に、私の「常識」はどんどん塗り替えられている。

日曜日はロングディナーとウクレレ、月曜日はメディテーションとヨガ、火曜と水曜は仕事と勉強(これは私の要望であり、翌日この予定は月曜と火曜に繰り上げられ、水曜がメディテーションとヨガの日になった)、絵も描きたいと言うと、木曜はアートの日になり、金曜はマッサージの日になった。

○○人という括りはもはや何の意味もなさないことを知っているが、それでも人生を楽しむことを知っているオランダの人はこうも、毎日の過ごし方に関する価値観が違うのかとビックリする。

それだけではない。とにかく、「どんなに時間の使い方を変えても、そもそもの価値観が変わらなければ人生は結局何も変わらないのだ」ということを思い知らされることが何度もやってくる。

さらにそれだけではない。一人では決して出会うことができなかったであろうシャドウのようなものがどんどんと現れてくる。

現前から学ぶということ、日々の暮らしから学ぶということ、目の前の人との関わりと学ぶということはこういうことだったのかと、今更ながら実感している。 
2021.01.15 Den Haag