598. いくつもの夢を見た朝

「これは夢だ」と分かっていながら、廊下から聞こえてくる声を聞いていた。

夢の中では、なぜか母が今の我が家の廊下の向こうにいた。母以外にも三人の女性がいるようで、何やら賑やかに話をしている。

6時過ぎに鳥の声で目が覚め、その後何度もまどろみの中を行き来していたので、それが夢だということは間違いなく分かっていた。しかし一方で「廊下で話をされているとトイレに行きにくいなあ」と思う自分もいた。

どうやら三人が帰っていく気配がしたので寝室の扉を開け廊下に出ると、三人のうち一人が廊下の一角にあるトイレを使っているようで、また別の一人が一つ下の階のトイレを使おうとしているということが分かる。一つ下の階はオーナーのヤンさんの家なので「そこのトイレは共同のトイレではないんです」と声をかけるも、女性は日本とは家の構造が違うためかその意味が分からないらしく、トイレの扉を開けた。「絶対に使ってはダメというわけではないけれど、勝手に使われるのはあまり良い気分ではないだろうなあ」ということを想像する。

その前に見ていた夢では、小学校の同級生が大人になって出てきた。福岡に住んでいたためか、日本では多いとされている「佐藤」という同じ姓の人が同学年にいたことが一度しかなく、唯一小学校のときに同じクラスだった「佐藤くん」が今日の登場人物の一人だった。

夢に出てきた佐藤くんとはいくつかの場面で話をし、何か食べようとしているところだったように思う。

 さらにその前に見ていた夢では私がダンス教室のようなところにいた。そこは「かつて通っていた教室」という設定で、コンテンポラリーダンスのようなオイリュトミーのようなダンスを、男性の講師と一緒に何人かの生徒が踊っており、私もその中にいた。そこには小学校の頃にシュタイナーの遊びの教室で一緒だった女性がいた。確か彼女はオイリュトミーの先生になったと記憶しているのだが、それが現実世界のことなのか、夢の中のことなのかは分からない。

 「久しぶりな割に身体が動くなあ」という感覚を味わいながらダンスのレッスンを終えると、講師の男性が近づいてきて「子どもたちに教えることに興味はあるか」と聞いてきた。「そんなこと考えたこともなかったが面白そうだな」ということが頭に浮かぶ。

それに続けて、講師が「毎週教室に来ないか」と言ってくるが、レッスン料が1回あたり8,500円だと聞き、「それがグループでのレッスンだとするとなかなかの値段だな」とか「毎週レッスンに来られるだろうか」ということが思い浮かぶ。

まどろんでいたのは1時間ほどだが、随分と色々な夢を見たものだ。

本当はまどろみの中で、先日話をした20年後の自分と話をしようとしていたのだが、目をつぶり話を始めるとほどなくして夢が始まるということが繰り返されていた。

もうすでに半日を終えたような、そんな一日の始まりだ。2020.3.19 Thu 9:45 Den Haag

 


599. 晴れの日も曇りの日も

今日は久しぶりに空が白い。それが雲だと認識できないほど、空いっぱいに雲が広がっている。カモメの声にカラスの声が混じる。庭の梨の木の中心地学の枝には二羽の鳩が、こちらに対して背を向けて並んでとまっている。

向かいの家のリビングでは数日前から大人の女性が大きな食卓に座り、ときおり身振り手振りをしているのが見える。子どもと並んで座っていることもある。コロナウィルスの影響で学校が休校になったため、家で時間を過ごしているのだろう。

オランダ政府は企業だけでなく個人事業主にも保証金を出すことを決めたそうだが、たとえ仕事があっても子どもがいる場合、これまでと同じように仕事をするというのは難しいだろう。私たちは普段、様々なものの組み合わせによって仕事や生活が支えられているということを実感する。

そうこうしているうちに、庭の梨の木の花はもう2割ほどが咲いている。人間に影響があるウイルスはもちろん怖いが、植物に影響があるものが流行しなくて良かったとつくづく思う。そう思うと人間が行ってきた環境破壊の責任の大きさというのも改めて感じるところだ。

下の階からヤンさんの口笛が聞こえる。(咳も聞こえるので幾分心配ではあるが…)

身体を動かし、栄養を摂り、太陽の光を浴び、表現をし、穏やかに過ごす。

これをただただ日々、続けていく。2020.3.19 Thu 10:23 Den Haag