931. 身体に触れるということ、触れ合うということ

 

不思議な時間の感覚の中にいる。

それはたとえば、「昨日」体験したことがもう一年前のことのような。
もしくは「今日」という日が一年間続いているような。

今日はゆっくりと目覚め、シャワーを浴び、湯を沸かしながらヨガの太陽礼拝の動きをし、白湯を飲み、そして近くのマッサージ屋さんに出かけた。

数週間前に我が家の面している通り沿いの、ほんの30mほど先にオープンした店だ。欧州に渡ってから、冬の時期はサウナに行くことが恒例行事のようになっていた。ドイツに住んでいたときは家にバスタブがついていたが、オランダの家にはバスタブがなく、身体をしっかりとあたため代謝を上げるためにサウナを活用していた。何より、ドイツもオランダもサウナが混浴というところがいい。特に、自然の中にある屋外のサウナやプールで男女関係なく裸で寛いでいると、日本で染み付いてきた「常識」のようなものはあっという間に流れていくし、みんな結局同じで違う人間なのだ、ただいるだけで十分な存在なのだという気がしてくる。(日本のサウナが混浴になるといいかというとそうでもないと思うけれど。)

夕暮れ時に、温泉よりも少しぬるいくらいの温度のプールで様々な年齢のカップルたちが(その時間にプールにいるのはなぜか大抵カップルだ)並んで、もしくは向き合って話をしている様子は「美しい景色だなあ」と思う。そんなプールの奥には、バースペースがあって、バーテンダーは服を着ているのに、プールの中から注文をする人たちは何も着ていなくて、その様子が近未来を描いた映画のワンシーンのようでそれもまた何とも味わい深い。

ハーグのビーチでも夏にトップレスで寝転がっている人を見かけたことがあるが、そんな風に身体がカラッと扱われることは何だかとても健全だと感じる。

寒くなってきた中で、そして一日デスクの前からほとんど動かないこともある中で、固まってきた身体をほぐしたいという感覚と同時に、身体の感覚や状態をととのえたいという思いがあった。それにはマッサージが良いだろうという考えが漠然とあったが、実際に久しぶりにマッサージを受けて、身体感覚というのは間主観的に感じられるものなのだということを改めて実感した。

触れる人がいて、初めてそこに身体という存在が立ち現れるのだ。
もちろん感覚を研ぎ澄ませれば「身体」もしくは身体の纏ったエネルギーを感じることができるだろう。しかし、他者との間に発現する、言わば「触れられているのか触れているのかもはや分からない感覚」というのは、圧倒的に誰かとの間に感じることができるし、それはたとえば自然の中で自然との一体感を感じるのとはまた違った感覚だ。

物理的な身体に触れるというのは、時間と空間を共にしていないとできない。量産することはできない。オイルマッサージをしてもらいながらそんなことが浮かんできて、何とありがたいんだろうという気持ちでいっぱいになった。言葉はほとんど交わさなかったが、セラピストが私の身体をしっかりと感じ、施術していることが分かる。これはきっと機械に取って代わられることはないだろうし、仮に技術的にそれができたとしても、その瞬間に生きる命をぶつけて行うからこそ生まれるものがあるだろう。

言葉を交わすことも、身体に触れることも、私たちは自分が出会ったものしか知ることができない。そして、その出会ったものによって、世界との接点となるレンズもしくはフィルターのようなものが生成される。それによって見える世界が変わってくる。

そんな中でも言葉を介したコミュニケーションというのはだんだんと、多様な形に出会う機会が増えているように思う。物理的に移動ができる範囲が広がったし、インターネットを介して、物理的に出会うことができなかった人たちと出会うことができる。

一方で、身体の触れ合いについてはどうだろう。私たちはいまだに非常に限られた経験の中にいて、かつ、情報として触れることができるものは随分と商業的に脚色されたもの、もしくはインテグラル理論で言うところのレッドもしくはオレンジの世界観の中に閉じられていることがほとんどなのではないかと思う。

多くの人がそうであるから、どんなに機会が「多様」に増えたとしてもその世界観の中にいるということはおそらく変わらないだろう。

しかし私たちの身体を通した関わりにも、もっともっと可能性があるはずだ。身近な人、大切な人とそこに取り組むことができたなら世界の見え方はもっと変わるし、何よりも「幸せ」という言葉では表しきれない、幸せな感覚を感じることができるだろう。それは短い時間の刹那的なものではなく、人生の時間を超えた、存在としての充足感のようなものだ。

このテーマについて公にして取り組んでいくことはまだ少し先になるだろうけれど、いつか扱うことになるだろうという確信がある。まずは自分自身が身体における間主観的な体験を積み重ねたい。2020.11.29 Sun 14:09 Den Haag