942. 特別でない、特別なクリスマス

 

2020年のクリスマスはとても美しい時間だった。

オランダは以前よりも厳しいロックダウンが布かれており、普段は2人までしか家に人を招くことができないが、1224日から26日までは3人までの招待が許されていた。不自由だけれども、だからこそ、本当に一緒に過ごしたい人が明確になった人も多いのではないかと想像する。

数週間前まではきっとクリスマスも年末もひとりで静かに過ごすのだろうと思っていた。仕事をして、勉強をして、インプットをして、アウトプットをして。いつもと変わらずそんな毎日を過ごす。そんな毎日で十分幸せだと思っていたし、きっとそうだったのだろうと思う。

去年のクリスマスは大切な人と過ごしたはずなのだけれども、何をしていたのか思い出すことができない。思い出すことができないというのはきっと、幸せな時間だったのだろうと思う。散歩をして、料理をして、食事をする。そんな何気ない時間を楽しんだのだろう。そこに寂しさのかけらもなかったかというと嘘になるかもしれないけれど、でもきっと、とても幸せだったのだろうと思う。

一昨年のクリスマスも日本から友人が遊びに来ていた。どら焼きの作り方を教えてもらい、そしてドイツからドイツ人の友人カップルが訪ねてきたのがちょうどクリスマスだっただろうか。クリスマスらしい食事をしたかは思い出せなくて、せっかく来てもらったならもっと何かおもてなしをすればよかったなあと今になって思う。

その前の年のクリスマスはドイツにいた。フランクフルトで一人。そんな私の気持ちを察したのか知り合ったばかりのドイツ人の女性が家での食事に誘ってくれた。クリスマスツリーの形をしたお寿司を用意してくれていて、それを一緒に食べて、お互いの人生について語り合った。

その前の年はどうだっただろう。さらにその前の年はどうだっただろう。ここまで来ると本気で記憶がない。そんなものだろうか。「思い出に残るクリスマス」なんて、意外と多くはないのかもしれない。それでもきっとその瞬間にはそこにある幸せの中にいたのだろう。

だとすると今年のクリスマスのことも来年には忘れてしまうのだろうか。

近くのスーパーで買い物をして、ゆっくりと料理をして、ごはんを食べて、お父さんにもらった(正確には「自分で買ってね」と贈られたお金で自分で購入した)ウクレレを弾きながら鼻歌を歌って、デザートワインを飲みながらDVDを観て、小さなチョコレートケーキを食べて、見よう見まねのサルサを踊る。

気づけば、「クリスマスの定番」になっている大好きな映画はもう、英語の字幕があればどこが笑いどころなのかも分かるようになっていた。

これまで過ごしてきたいくつものクリスマスに似た時間だったかもしれないし、これまでにはなかった時間かもしれない。でもそれはきっとどちらでも良くて、何かと比べることに意味はなくて、「今が幸せ」と思えた。


「こんな時間がこれから毎年やってくるよ」

そう言われた言葉が現実になるかどうかは分からないけれど、それもきっとどちらでもいい。

悲しみや葛藤が全くないかと言えばやっぱりそれも嘘になるけれど、記憶を味わって悲劇や喜劇や、ハッピーエンドのヒロインになることは、物質的に様々なものが満たされているからこそ、余った思考とエネルギーで行うウィンドーショッピングのようなものなのかもしれない。人生に本当に必要なものはそう多くはなくて、それは、日常の中で為していることなのだろう。


新しい友達たちと賑やかに食事をする。そんな時間もとても久しぶりだった。

日本を離れて随分経つけれど、出汁の味のきいた瓜の煮物はやっぱり美味しくて、「故郷の味だなあ」としみじみ思った。離れたからこそ、その美味しさが余計に分かるようになったのかもしれない。

これまでの日常と、夢みたいな時間が混ざり合う。
これまでが夢を見ていたのだろうか。

例えば、日常の中に現れることのない人が現れるのが夢だとしたら、日常の中に現れることがなかった人たちが現れるようになった日常は夢と同じ記憶の置き場にしまわれるのかもしれない。それぐらいに、現実味のない現実。

私の頭は随分と古い記憶に占領されていて、新しい記憶の置き場がもうないのだろうか。それくらいに、あたたかくて、幸せな現実が、あっという間に記憶を辿れないところに行ってしまう。でもきっとこれが、今を生きるということなのだろう。毎日毎日、繰り返し繰り返し、今ここにあるものを味わっていく。

それは大きな世界とは離れたちっぽけな世界かもしれないけれど、半径10mくらいの人との関係性が素敵なものであって、毎日が幸せに過ごせるのなら、ひとりひとりがそんな風に暮らせるのなら、世界はきっと素敵な場所になるのだと思う。

「またね」

そんな何気無い言葉でさえ、現実にならないことがあることを知っているから、未来ではなく、過去でもなく、今を生き続ける。2020.12.26 Sat 21:41 Den Haag