941. 新しい暮らし

8時すぎ、久しぶりにこの時間に書斎の小さな机に向かっている。ここのところ朝8時台からの打ち合わせなどが続いていたが日記を書かずに数日を過ごした理由はそれだけではない。このあと、ウェブサイトにアップしていなかった日記を読み返して「ああ、数週間前の自分はこんなことを考えていたのか」と驚くことになるだろうか。それとも、何か共感のようなものを感じるだろうか。

この数日間の出来事について多くを言葉にすることはないだろうけれど、新しい暮らしのことは自然と日記に滲み出ていくことになるだろう。

オランダに渡って25ヶ月。2ヶ月ほど前に提出したビザ更新手続きについての返事はまだ来ておらず、そんな中これまでのビザの期限が切れたため、早急に移民局に仮滞在許可証発行の手続きにいきたいのだが、現在、オンラインでの予約を受け付けていないとのことで、電話予約のみとなっている。繰り返し電話をしてみるも一向に繋がる気配がない。対応できる枠が限られており、かつ電話対応の人も限られており、一方で様々な手続きを必要としている人は増えていることが予想される中で、各種手続きはパンク状態なのだろう。恐らくこの国で今、仕事を無くしている人も多くいるであろう中でその人たちを雇うことができたら必要な手続きはもっと進むのではと思うがどうやらそうもいかないらしい。仮のビザ発行の手続きについては「これまでのビザが切れたら来てください」と案内に書いてあることから、またすでに更新の申請をしたということを証明する文書を持っているためイリーガルにはならないはずだが、早く更新の返事が来て欲しいものだ。

新しいビザを手にするのとともに、オランダでの新しい暮らしが始まろうとしている。むしろこれまでは「オランダ」という国の空気をただ吸わせてもらっていたくらいに過ぎないのかもしれない。

たくさんではないけれど大切な人たちとゆっくり静かに向き合ってきた。そこには確かに交わされたものがあって、より強く放たれるようになった光があったけれど、そんな時間を持つことができたのは私がある種特殊な暮らしをしてきたからだろう。現実の日常生活では直接人に会うことはほとんどなく、日本語空間から距離を置いている。多くの学びと実践に時間を費やしてきたけれど、ここから先は、何か特別なことではなく、日常の暮らし、日常の人との関わりの中でさらに深められるものなのではないかという気がしてきていた。そんな風に書くと、何もかもを自分の成長の材料や道具にしているようにも思えるけれども、確かにそんな気持ちと、同時に、ただ、生きることを、命を楽しみたいという気持ちも持ってきた。

新しい暮らしが始まりつつある中感じるのは、あまりに成長や変化に魅了されすぎてはいなかっただろうかということだ。きっとそういう時期はあるのだろう。自分の中の可能性が発揮されたがっている音が聴こえたら、いても立ってもいられなくなる。それも一つの人生の時間なのだと思う。一方でそこに、本当の魂の希求のようなものではなく、慣習や社会に充満する価値観のようなものが刷り込まれてはいなかっただろうか。そしてそんな価値観を広める共犯者のようになってはいなかっただろうか。

振り返ってみると、新しいものをつくり続けよう、変化し続けようと思ってきた。そんな気持ちが今は随分と小さくなっている。むしろ「本当にそうだろうか」という違和感や小さな嫌悪感のようなものさえある。挑戦をする人、持っている力を発揮しようとする人の後押しをしたいという気持ちは変わらないが、より自然な形で、少なくとも何かを駆り立てるのではなく、もしくは上昇や深まりへの憧れや傾倒を助長することなく関わるにはどうしたらいいだろうという想いが湧いてきている。

やっと空が明るくなってきた。今日は、どんな世界の音に出会うだろう。2020.12.23 Wed 8:46 Den Haag