939. はじまりの終わり

静けさの中で耳を澄ます。心の中に幾重にも重なる音が聴こえてくる。

そこには希望もあり、葛藤もある。よくよく見ていくと、葛藤は、自分が過ごしてきた過去と、向かおうとしている未来の間に生まれる不協和音のようなものだということが分かる。過ごしてきた時間は自分にとっての「正しさ」だ。そこから離れようとするとき、実際のものよりも随分と大きな感覚で痛みが生まれる。

これは経済学で言うところのサンクコストにも近いものかもしれない。人生という時間が有限であり、その時間は取り戻すことができないと知っているから、これまでかけてきた時間、過ごしてきた時間を覆すような選択をすることに大きな抵抗を感じるのだ。

しかし実際のところ、どんな選択をしたとしても、これまで過ごしてきた時間が無駄になるわけではない。その時間の経験、学び、いや、そんなものはなくとも、そこに過ごしてきた時間の上に積み重なっていくものがある。一見全く違うことのように思えても、そこにはつながりがあり、それらが積み重なったからこそ生まれるもの、見える景色がある。

未知の世界に飛び込むのは怖い。安全や安心、確実さ、約束。そんなものを欲しがるのは自然なことだ。どんな選択をしても、その人の人生にとってその選択は尊いものになるだろう。そんな中で、自分は何を選択するか。どんな人生を生きるのか。

これまで色々なものを手放してきた。サンクコストは、かけた時間だけでなく手放してきたものにも感じるのだろう。もしあのとき日本を離れていなかったら。そんなことを考えたことがないわけではない。

大好きな本たち、器たち、場、そして大切な人たち。日本を離れなければ、今よりもっとたくさんの大切なものに囲まれていただろう。でもそれが大切なものだということには気づけないままだったかもしれない。

今私にあるのは、一人分の荷物をしまうのには大きすぎるクローゼットに入るものだけだ。必要があればまたスーツケース一つで新しい居場所を見つけることもできるだろう。それでも生きていける。そう思えることが、欧州に渡ってこの3年半で手に入れた一番大きなものだ。

そんなものを手に入れているのに、新しい世界に飛び出すのに臆病になっている自分もいる。それも自然なことだ。

今改めて感じるのは、関係性やパートナーシップは築き続けるものだということ。それは毎日の、小さな時間の積み重ねなのだということ。私にとってはその小さな積み重ねをしていくことが幸せなのだということ。

いつかやってくる未来に向かって人生を投資し続けるのも、良い時間だった。でもそうではない生き方をすることを心が望んでいる。2020年の終わりに見えてきたもの。大切だと思うものをさらに大切にする生き方。2020.12.17 Thu 10:16 Den Haag