937. 現実を生きるということ

 

日記を書かないままにまた数日が過ぎていたということを、先週の自分の日記を読み返して気づいた。

人と本気で向き合おうとすると、一日という時間も、人生もあまりに短い。

「我々は発展するためにこの地球上にやってきたのではありません。幸せになるためにやってきたのです。人生は短くあっという間です。しかしその人生こそが何より価値あるものなのです」

ウルグアイのホセ・ムヒカ元大統領の言葉を思い出す。

自分自身の可能性に向き合うこと、関わる相手の可能性に向き合うこと。そして何より、一番身近な、現実世界の関係性に向き合うこと。

その結果何かが起ころうともそうでなくとも、向き合うこと自体が私たち人間が「人間」たる所以であり、生きることそのものなのではないかと思う。

それが気づけば、何かを成し遂げようとすること、何かを手に入れようとすること、今とは違う自分になろうとすること、自分を高めようとすることにあまりに心を奪われ過ぎてはいないだろうか。

オランダは昨晩から「ハードロックダウン」と呼ばれるこれまでで最も厳しい形のロックダウンに入った。とは言え、外出許可証がないと外出ができないような他国の厳しさに比べるとまだ、お国柄である「寛容さ」を保っているとも言える。

それでも人々の暮らしは大きく変わっている。

今、世界で起こっている問題は、ウイルスの問題でも地球環境の問題でもなく、政治と、私たちの生き方・在り方の問題だ。

日々何を大切にして生きるか。
目の前のことにどう向き合うか。
目の前にはないものにどう向き合うか。

静けさの中で、この国の人々の心のざわめきを感じる。
それは同時に、私の心のざわめきでもある。

消費的な暮らしからは随分と遠ざかっていたかと思っていたが、熱中する対象が変わっただけで、人生に対する向き合い方に質的な違いはさほどなかったのだと気づいたとき、お釈迦様の手の中で右往左往していたことに気づいたときのように愕然とし、同時に、もっと大切なことに出会えるのだという喜びのようなものを感じている。2020.12.15 Tue 20:52 Den Haag