935. Pass the Gift

日曜日の朝は静けさが深いと思っていたが、どうやら土曜日の朝の静けさもなかなか深い。「朝」と呼ぶにはもう日がすっかり昇って、私の認識している真南の方角からほのかながらも眩しい光がやってきている。

今日はこのあと、主催している勉強会がある。10月以降、新しい試みとしていくつかの勉強会を開催してきたが、この勉強会が今年で最後、2回シリーズなので実際には2週間後に「ひといき」つくことになるのだが、心の中では「ひと段落だな」という気がしている。

勉強会という形の取り組みを始めた背景には、思うところが色々とあった。

一番は11で関わることのできる人数の上限に達したということ。そして11で関わることの可能性と限界のどちらもを感じたということ。今の私にとって「コーチング」というスタイルにこだわりはなく、でも、一人一人が持っている力や可能性を発揮することができる後押しの一つがコーチングだという風に感じている。「全体性の発揮」というのが大きなテーマだ。それがどんな形やどんなプロセスによって後押しされるかはその人のいるステージによって変わってくる。

特に、社会人としての経験をある程度積んだ人については、私は「不足モデル」ではなく「充分モデル」の考え方を採用している。そんな言葉があるかは知らないが、CTIのコーチングで言うところの、「人はもともと創造力と才知にあふれ、欠けるところのない存在である」人間観に近いだろう。

何かが足りないわけではない。もう充分に持っている。それを発揮するだけなのだ。

ここまで、たくさんのことを学んできた。これからもきっと学び続けるだろう。学ぶほどに手放していく。そんな感覚がある。

これまでの経験は11のコーチングに大いに役に立っているけれど、その関わりの中だけでは、世界から学んできたことが十分に世界に還しきれないということに気づいた。いつまでも、世界から学び続けたいけれど、確実に一つのコーナーを曲がりきっていたのだ。

たくさんの贈り物を受け取ってきた。もう両手がいっぱいだ。どうやって関わる人に贈り物を渡していけるだろう。ずっと考えているけれど、まだ明確な答えは出ていない。

まだ答えは出ていないけれど、私の中にあるものを誰かに届けることでまたあたらしい言葉が生まれていくこと、生まれたがっている言葉と言葉にならないものがたくさんあることを感じる。そして、消費者が消費される情報やコンテンツではなく、受け取った人がまた創造者となるような流れをつくりたいという想いがある。

幼い頃に経験した「欲求にコントロールされた自我」ではなく、魂の希求によって突き動かされる「わたし」が増えたとき、「わたしの言葉」で語る人が増えたとき、世界にはもっと色々な色や音が溢れ、美しい音楽が聴こえてくるんじゃないかと思う。私は世界はそんな場所なのだと思っている。

希望というレンズで世界を見たとき、人はきっと、自分が生まれてきた意味に気づくだろう。2020.12.5 Sat 11:06 Den Haag