917. 長い夢から覚めて

 

今朝の夢は三部作だった。その最初の舞台から夢であることに気づいていて、次第に「まだ夢が続くのか」という気分になった。「一体今は何時なのだろう」と目を開けると7時を過ぎていて驚いた。

昨晩ベッドに入ってスタンドを消したのは確か20時前。だからてっきり、深夜の2時か3時もしくは早朝4時か5時頃だろうと思って夢を見ていたが、12時間近く寝ていたということになる。「なぜこんなに夢を見るのだろう」と思っていたけれど、何てことはない、すでに必要な睡眠時間はとうに超えて、浅い夢見状態を彷徨っていたのだろう。

夢の第一部ではダンスがテーマとなっていた。翌日に控えた「ダンスの発表」のために、生徒たちが練習をしており、私もその一人だった。私は「オペラ座の怪人」を題材にしたダンスを踊ることを考えており、踊り始めのときに顔につける仮面を探していた。アンティークショップのようにも見える部屋の中を歩き回って仮面を探すものの、ちょうどいいものがなかなか見つからず、建物の中を歩き回った。その間、仮面をつけて踊りの練習をする何人かの人を見た。

私も仮面を探しながら、踊り出しのところをイメージしていた。

発表は一人ずつ。各々が自分で創作したダンスを踊ることになっていた。

当初、発表がその日のうちに行われると思って少し焦っていたが、翌日だと分かりほっとした。

そして私は仮面を探すことを諦めて、練習場所を確保しに行った。練習のためには広々としたスペースが必要で、それまで歩き回っていた古い建物の中にはちょうど良いスペースがなかった。

気づけば、それまでとは違う、新しいオフィスビルのような大きな建物の中にいた。その中に、使われていないスペースがあることを見つけ、建物の中にいる事務員のような男性に、そのスペースを使わせてもらえないかと声をかけた。スペースを使うためには申請が必要とのことで、申請書を渡された。申請書の「使用人数」の欄に「1」と書き込もうとしたが、一人で使うには広いし、他に使いたい人もいるだろうと顔を上げると、ちょうど同じようにダンスの練習をしている何人かの人たちが目に入った。せっかくならみんなが使えるといいだろうと、使用人数の欄に「4」と書き込もうとしたが、事務員の男性に何か言われ、結局「2」と書き込んだ。

そして場面が翌日に切り替わり、ここから夢も第二部に突入した。

翌日、建物の同じ場所にいくと前日にはがらんとしていたスペースに机や椅子が並び、何人もの人が働くオフィススペースとなっていた。

ここからはすでに記憶がだいぶ曖昧になっている。

覚えているのは、友人の女性が建物を管理する人たちに追われていて、その逃亡を助けるために建物の中の広い階段スペースに彼女を導いたこと。その後、建物の中でオーガニック野菜を販売している男性と会い、野菜を食べさせてもらったこと。その際に「一般の野菜よりも高いから、こうしてオフィスビルの中で販売しているのかな」と思ったことだ。

その後、第三部に話は移っていったが、その内容についてはもう頭の中の随分と遠いところに行ってしまったようだ。第三部が一番登場人物が多く、何だかガチャガチャとしていたというところだけ覚えている。

今朝は、最近気になっている肌荒れについて相談をするためにスキンケアのオンラインコンサルティングの予約をしていたのだが、時間前に送った参加方法の確認に返事が来ず、そのまま開始予定時刻から1時間が過ぎようとしている。

私からのメールが上手く届いていないのだろうか。
もしくは私宛のメールが届いていないのだろうか。

メールというのは、送信ボタンを押せば届くものだと思っていたがどうやらそうでもないようだ。

この件以外でも、私からの返事が来なくて困っている人がいたら申し訳ないなと思うけれど、必要なことは必要なタイミングで起こるはずだ。今日明日は流れに揺られてゆらゆらとする時間になりそうだ。2020.11.14 Sat 9:00 Den Haag

 

918. 1年前を振り返って

これでもかというほどの静けさがある。耳をすませば、自分の心臓の鼓動が聞こえてくるんじゃないかと思うくらいだ。

19時30分をすぎた時間は「寝静まった」という表現を使うのには早すぎるんじゃないかと思うが、本当に、この街全体が寝静まっているようだ。

例えば北欧の森の中などに行ったらもっともっと静かなのだろうか。そうしたらきっともう日本に住むことはできなくなるだろう。

今日はちょうど一年前の日記を読み返した。日記を書くことを勧めてくれた友人に倣って日々書いたものを20ずつまとめPDFにして公開するということをしていたが、週末にもあれこれと何かをすることが増えて以来、まとめるということが滞っていた。

今日は思いがけず時間ができたために、以前のものをまとめてアップしようと思ったらそれがちょうど昨年の同じ時期のものだった。

昨年は11月の始めにもう気温が0度を下回っていたことが分かり驚いた。今年は今でも最低気温が10度を少し下回るくらいで、向こう二週間の予報を見ても最低気温が2度になる日が二日あるだけだ。今年は随分と暖かい冬になりそうだが、昨年も暖冬だったことを考えると「随分と」なんてレベルではないということだろうか。

秋口に階下に住む(しばらく姿を見ていないが)オーナーのヤンさんが「今年は天気が異常だ」と言っていたことを思い出す。

そしてもう一つ驚いたのが、先日「あの本のこの箇所の言葉は本当に素敵だなあ」と思った言葉について昨年も同じ時期に考えていたということだ。その本のことが思い起こされる季節的な要因というのがあるのだろうか。

あまり思考回路が変わっていないのかと思うと少し残念な気持ちもするが、大切にしたいことや感性は変わっていないのだと思うとそれが自分なのだという気もしてくる。

秋の時期にはこれまでの体験を元に決まって思い出すことがあるようだが、その中の印象的な出来事の一つ「森のリトリートで参加者の一人が森から帰ってこなかった」という話の主人公(帰ってこなかった人)と偶然の再会を果たしていたというのはこの半年の大きなニュースだろう。

大企業の組織開発のプロジェクトに運営会社(研修会社)のメンバーとして携わっている彼も、私がチームメンバーとして参加しているということを知り、とてもビックリしたらしい。似たような関心がある人とは一時的につながりが途絶えてもまたどこかで出会うということはあるが、それにしても、である。

一年という時間の中で回収された伏線もあればそうでないものもある。
一年前の自分とほぼ変わらず、書籍の原稿は遅々として進んでいない。進んでいないが書きたいテーマであり自分の使命と感じていることは明確なのでこれについてはどうにかこうにか進めていきたい。

年明けに開始する講座の準備を始めているが、年末までにはそれをひと段落させ、年末の二週間くらいは執筆に没頭する時間にしたい。そこまでに必要なインプットは終えておくのが望ましいだろう。

そう思うとこの先の1ヶ月もやりたいことがてんこ盛りである。

コーチとして所属しているプラットフォームの動向をこの1年間見守ってきたが、今はもうそこを通じてのクライアントの募集は行なっておらず、プラットフォームを通す必要性も感じなくなってきているので間も無くそこは離れることになるだろう。

「お世話になってきた」と感じる場所への義理のようなものと自分が向かおうとしている先へのギャップから葛藤を感じるのは新しいステージに進もうとするときに起こることなのだということは繰り返し感じてきている。

変化があれば別れがあるというのは自然なことだ。その方がより関わる一人一人や社会に良い形で貢献できるはずだ。

これまで培われてきた能力と影響力を解放することがこれから取り組むことであって、そのためには自分自身との関係性を深め続けることが必要だと感じている。

ゆらゆらと揺れる余白を持ちながら、この不思議な季節を味わっていくことにする。2020.11.14 Sat 20:07 Den Haag