908. 「そこそこ」でいることをよしとした社会で失われるもの

シャワーを浴びているとクリスタルボウルの音色が聞こえてきた。昨日、一昨日も聞こえた音色だ。確かにクリスタルボウルの音を目覚ましがわりに使っているが、シャワーを浴びるのは当然のことながら目覚ましが鳴った後である。

あの音は意識や感覚がある一定の領域にあるときに聞こえる音なのだろうか。

クリスタルボウルの音が止んだ後には才能や能力の発揮について考えていた。それは同時に日本の横並び教育のことでもある。

そんなことを考えたのは、「韓国で行われたオーディション番組に日本のアイドルグループのメンバーが参加し、鳴かず飛ばずであった人もいればぐんぐんと力を発揮した人もいた」という話を読んだためだろう。

「才能はきちんとしたトレーニングを受ければ発揮される」というような言葉を見て、いたく共感した。

もちろん、実力主義の厳しいやり方を手放しで礼賛するわけではない。しかし、今、私が知る日本ではあまりに横並びでそこそこで留まる方向に力が働いているのではないかと思うのだ。

1ヶ月そこそこのレッスンでデビューしたアイドルは確かに未完成で、その姿を応援したくなるだろう。しかし、そこで本来もっと力を発揮することができるはずの才能が押し込められてしまってはいないだろうか。

それは、ある領域での才能が発揮されることを人間の優劣と直接結びつけて考えてしまう傾向があるがゆえに起こることなのではないかと思う。そんな前提があると、突出した才能よりも「そこそこで頑張っている」という方が「みんな違ってみんないい」のような、ヒエラルキーを感じさせない、平等感を出すことに重きを置くことになるだろう。しかし本来は「違い」の中には種類としての違いだけでなく、質としての違いも含まれているはずだ。それがどうしたことか、種類の違いには寛容であっても質の違いには拒否反応を示すようなことが起こっていはしないだろうか。

持っている才能を発揮することは他者との比較において優位になるのではなく、その人が与えられた命を輝かせる大きな喜びにつながっているだろう。

持っている力を発揮せずにいることはその人の命の輝きの損失なのではないかと思うし、「持っている力」も「発揮する」というのも、私たちが普段認識しているよりもずっと広い幅を持ったものなのだとも思う。

日本でも、運動やプログラミング等一部の領域では主に若年層に向けた英才教育のようなものを与える仕組みや場はあるが、もっと様々な分野で、そして歳をとってからも、花開き出した力をどんどんと解放していくような場や機会があってもいいのではないかと思う。

今、こんな思考をしているというのは、一つには自分自身の才能でもっと爆発的に発揮できるものがあり、それが芽を出しつつあるからだろうか。伸びていく障害となるのは慣習や文化だが、それは自分の中に作られた内的な他者および内的な社会の幻影にすぎない。

同時に、日々人の話を聞く中で、その人独自の感覚や才能の声が聞こえてくるからだろう。「もっと発揮させてほしい」という小さな声は悲痛の叫びにも聞こえてくる。

誰もが独自の感覚や才能、経験、想い、価値観、可能性を持っている。もちろんそれは今現在も発揮されているけれど、中にはもっともっと発揮されたがっているものもある。もっと突出してもいいものもある。

種類や質の違う力を発揮するというのは、ある意味、孤独な道のりだ。仲良しこよしで感じられる安心感はそこにはないかもしれない。それでも魂の希求とともに生きようと決めた人と歩み続けたい。そんな気持ちが湧いてきている。2020.11.6 Fri 9:34 Den Haag

909. 少年に導かれる夢


そういえば今朝は、久しぶりに夢のことを覚えている。目覚めたときには今よりもっと鮮明に記憶があったが、今思い出せるのはその20%くらいだろうか。いや、もっと少ないかもしれない。いざ書き始めようとすると思ったほど具体的に言葉にできないことに気づく。今私の中にあるのは夢の内容ではなく「夢を見ていた」という感覚そのものなのだろう。

夢の中で私は、日本のある駅に降り立っていた。近くの店で家族と食事をすることになっているが、一人だけ先にやってきたようだった。その前に、洋服を選んでいるシーンがあったように思う。

駅からは自転車を使って移動をする予定だったが、使う予定だった自転車が行方不明になってしまい、徒歩で向かうことにした。その道すがら、私の3分の2くらいの身長の少年が道案内をしてくれていた。少年とほぼ横並びで話しながら歩いていたところ、電話がかかってきた。私は折りたたみタイプのガラケーを取り出し、耳をあてた。電話口からは母の声が聞こえてきた。どうやら私は目的地を通り過ぎてしまったらしく、母の道案内に沿って来た道を少し戻った。店の入り口は建物の外階段を登った2階にあり、1階の部分で少年と別れ、私は一人2階段を登った。

店の入り口の引き戸を開けると店内の中央に土足で通ることのできる通路があり、その両側が靴を脱いで上がる畳の間になっていた。と言っても、丸いテーブルが両側に一つずつあるだけで店内はこじんまりとしている。入り口から入って右側の丸テーブルに父と母と妹が座っており、私もそこに加わる。

座りながら「そうか、今はお客さんは一日人組しか入れていないのか」という考えが浮かぶ。

私の夢には妹はよく出てくるが兄はほとんど出てこないということに気づく意識はすでに夢から離れようとしている意識だった。2020.11.6 Fri 10:07 Den Haag

910. 更け行く夜に考えるこの冬の過ごし方のこと

この街の人々はもうみんな寝ているのだろうかと思うほどに静かだけれど、時刻はまだ20時を過ぎたところだ。今日は日本時間の朝10時、オランダ時間の26時から開始されるトレーニングに参加をするため、このあと読書をして仮眠を取ることになるだろう。日本のトレーニングは時間帯が合わないものも多く、バリエーションも限られているため来年からは欧州もしくは米国で行われているトレーニングに参加をしたい。そのために英語力を上げるというのが当面の目標になるだろうか。

来年の5月には、今年と同じく、インテグラル・ヨーロピアン・カンファレンスが開催されるはずだ。できればリアルな会場であるハンガリーのブタペストに足を運びたいけれど、おそらく世界が今の状況のままでは難しいだろう。それでもせっかく様々なワークショップなどが開催されるので来年は通訳無しで、色々なワークショップに参加をしたい。

英語の上達については何度か日記で触れてきたけれど、実際のところ、欲求としては多少あるけれど必要には迫られておらず、オランダ政府からできる限り外出を控えてとのお達しが出ている今、これまでにも増して外に出ていく機会が減っているため英語を話す機会もほとんどない。

いつも行くオーガニックスーパーで働いている心理系の大学院で学んでいるという日本文学好きのガブリエラさんと話すことを密かな楽しみにしていたが、彼ともなかなか顔を合わせなくなってしまった。不純な動機が一番の動機になるけれど、そんな動機が生まれる機会さえほとんどない今日この頃。はてこのままでいいのだろうかという気もしてくる。

日本に帰ったときに静かに過ごすことのできる拠点を作りたいという構想はあるが、それも「長い目で見て」という話だ。我が家からスキポール空港まではトラムと電車を乗り継ぎ1時間ほどで行けるので国際線に乗ることもさほど苦ではないが、万が一足を運んだ先で動けなくなったりしたら困るなあなどと日本を訪れるタイミングを図っているうちにどんどんと季節が過ぎていっている。先日更新の申請をしたビザが無事更新されるまではオランダで大人しく過ごすということになりそうだ。

できるだけ不要な外出を控えるようにということで、このまま行くと静かに静かに年末年始を過ごすことになる。それ自体はとても良いことだけれど、どうも頭と身体のバランスが良くないというか、エネルギーを持て余してしまうことになりそうだ。

これまで自分のために取り組んできたアートセラピーのようなものを公開して、言語だけでなく身体的な取り組みを通じても人と関わっていこうか、はたまたピアノでも弾けたらいいのだろうかと考えている。

通り沿いのリビングは今、随分と余分なスペースが空いているのでそこでもっと動いてもいいのかもしれない。物心つく前からダンスを習ってきて、大学生になるまで週に何度もレッスンに通っていた身としては、こんなに身体を動かさないでいられるというのは不思議なくらいだが、程よい運動をするとさらに良い状態になるのだろうということはずっと感じている。

そんなことを書きながら、近所の運河沿いの小道の散歩さえ久しくしていないことに気づく。一日を過ごしていても快適だと思える家に住んでいることはある意味とても幸せなのだろうか。しかしそれが長期的に見て健康だとは限らないだろう。もっぱらの関心事項は、いかに自分自身のパフォーマンスを上げ、対話の質を上げるかなので、そこに対する影響がもっと感じられたら、運動に対するモチベーションも上がるのかもしれない。とは言え、内に向かうエネルギーが強くなる季節がやってきている。身体の声、心の声、自然の声を聞きながら、ゆらゆらと揺れる波のような時間を過ごしていきたい。2020.11.6 Fri 20:49 Den Haag