897. 今ここわたしを生きるということ

 

「あなたが言っていることは理想論だ」
「現実世界ではそうもいかない」

そんな言葉を、何度聞いてきただろう。

その言葉は、発した人の心の中から出たものというよりも、社会を包む集合的無意識の言葉なのだと今になって分かる。

「私にだって追いたい理想がある」
「我慢していることがたくさんある」

そんな心の叫びだったのだと、今になって分かる。

世界の構造は複雑に見えてシンプルだ。

「わたし」という人間の生きる現実は「今ここ」にある。

その先に「広い世界」が広がっているかもしれないけれど、わたしが生きるのは今ここだ。

同じ時間、空間に身を置いている人も、それぞれに「今ここ」の世界を生きている。それぞれの人の「今ここ」は影響を与えあっているけれど、それぞれに違うものだ。

「今ここ」というのは、今この瞬間でしかないけれど、それは同時に過去も未来も、あらゆる時間につながっている。

未来だけでなく、過去さえも、今を起点立ち現れるし、極論、それらは全て、一つなのだ。

今でもここでもわたしでもないものを起点とするとき、世界と人生は複雑になる。

「常識」や「慣習」「集団圧力」のようなものがのしかかってくる。

ひとりひとりの心の中に小さく生まれたものだったはずのものが、いつしか見えない煙となって社会を包んでいる。

確かに「社会」や「世界」はそこにあって、その中には課題が山積しているけれど、私たちはそこを見回すことができるけれど、私たちの人生はその中にあるけれど、でもやっぱり「わたし」が生きているのは今ここなのだ。

ちっぽけな自分の無力さに気づき、今ここで出会う人に愛を伝えることくらいしかできないのだと気づいたときに、「わたし」の生きる現実は息を吹き返す。

2020.10.25 Sun 9:20 Den Haag