895. 束の間の休息

 

いくつものワードのウィンドウが開いていて、「何が起こったんだろう」と思ったそばから、昨日、Macの電源が落ちたことを思い出した。

数ヶ月前からバッテリーの調子が悪いのかコンセントにつないでいないと(この表現は日本語として正しいのだろうか)すぐに電源が落ちるようになった。「すぐに」というのは、本当にすぐにである。電気が供給されていなければものの30秒ほどで画面が真っ暗になる。以前であれば1ヶ月から2ヶ月に1回のペースで旅行に出かけていたこともあり、電車の中や飛行機の待ち時間でパソコン作業ができないのはとても不便だったろうけれど、今はカフェにさえパソコンを持って出ることがなくなったのでバッテリーが持たなくても支障がないと言えば支障がない。

それでもふとしたときに電源が落ちてしまうのはやはり困りものなのだが、バッテリー交換でもそこそこの費用がかかるとなるとパソコン自体を買い替えた方がいいだろうかという考えも湧いてきて、そうなるとスペックの比較などまた懸案事項が増えるため、そこから検討が進まなくなるということを何度も繰り返している。

今日は予定が一つリスケになったため、午後まで時間が空いている。今日から日曜まで、日本の早朝、オランダの深夜にあたるセッションが続き生活のリズムがずれるとともに、一日にいくつかの予定が入っているため、今日の日中は休日がわりにできるだけゆったりと過ごしたい。土曜に開催する読書会に向けて題材となっている書籍をもう一回読むことができるだろうか。

書斎の書棚にも、読み返したい本がたくさんある。

昨晩も20時半すぎに本を読み始めたが、途中でうとうとし始めたため、21時すぎにはベッドに入った。明晰でない意識の中では言葉や言葉の意味が上滑りしてほとんど頭の中に入ってこない。質の高い読書の時間を確保するのが、今の暮らしの中のテーマの一つかもしれない。それは結局のところ、食や運動にも関連しているのだろう。メンタリストのDAIGOさんの動画を以前よく視聴していたが、DAIGOさんの話にも特に運動の話はよく出てきていた。

それに刺激を受けて「やってみよう」と思うもののなかなか続かないのだが、またHIITなどにトライしてみてもいいかもしれない。外国語学習をはじめ、人はよっぽど必要に迫られないと切羽詰まった努力などしないものだが(私だけだろうか)、未来のビジョンを描きそれに向かっていくというよりも現前から学び導かれるというスタイルを取っている今、何が原動力になるのだろうか。

とは言え、関心があることについては誰に頼まれなくても探究を続けているので結局のところそれが一番の原動力であり、他のものは「そこそこ」になるのは仕方のないことなのだろう。

今日は随分とゆるゆると思考しているが、それも次の予定が見えているときとは違う、弛緩した貴重な状態なのかもしれない。

随分と空が明るくなった。束の間の休息を味わいたい。2020.10.22 Thu 8:36 Den Haag