884. コラボレーションができる前提にあるもの

 

パソコンを持って書斎にやってくると、隣の家の1階部分の端に丸まって座っている黒猫の姿が目に入った。少し小柄なあの黒猫の姿を見るのは何だか久しぶりだ。

と、黒猫は腰を上げ、のろのろと動き出す。いつも軽やかに動いていた猫があんなにものろのろと動くことを新鮮に感じている。

昨晩はAmazon Prime Videoで「Making the cut」という番組を観ていたらすっかり寝るのが遅くなってしまった。「Making the cut」は「次世代を担う世界的なデザイナー」を発掘することを目的とした番組で、各国のファッションデザイナーたちが自分のデザインした洋服がAmazonで販売されることと100万ドルの賞金を手にすることをかけて競うものだ。参加者は与えられたお題に対して二、三日、場合によっては7時間という短い時間でデザインをし、洋服に仕上げ、実際にモデルがそれを着てファッションショーを行う。それが審査され、次の選考に残る人と脱落する人が決まっていくるという形式になっていた。

今のところ第4話まで見ているが、ここまでのところで興味深かったのがコラボレーションのステージだ。それまでは個人戦だったところが、デザイナーが二人組となり、二人で三着の洋服をデザイン・制作する。当然のことながら、二人組は全く違う個性を持つ二人の組み合わせになっている。

そこで求められるのは単純な足し算ではないことを行う取り組みだ。それぞれのテイストがそのままに主張されても十分ではないし、逆にそれぞれの個性が無くなってしまっても十分ではない。どちらかが主で、どちらかが従のようになってしまってもダメだ。

最初は良い雰囲気だったペアも実際の制作に入ると衝突を起こしていく。

これまでの経験やファッションに対する哲学や美学、得意なことも違うので当然である。むしろそれまで自分の感性を突き詰めていったからこそ今いるところまでやってくることができたのだろう。(出演者のデザイナーたちは、未来を担うデザイナーとは言え、すでに自分のブランドや店を持っているデザイナーたちである。)

こうして書いていくと、改めてこのコラボレーションをさせるという取り組みが重要な位置付けであったことが分かる。コラボレーションをするためには、これまでにすでに十分に自分を表現してきないといけないのだ。ここで「個」としての自分を表現することを手放すことができないのであれば、それはつまり、「個」で取り組んでいるときも、自分を表現することを十分にできてはいなかったということになる。

審査で見られていたのはデザインのセンスはもちろんだが「デザイナーとして次のステージに進む準備ができているかどうか」だったのだろう。

コラボレーションや協働についてはビジネスの場においても重要だとされ、昨今はその風潮が強くなっているようにも感じるが、本当の意味での協働をするための状態にまで多くの人がなれているかと考えると甚だ疑問である。

「協働が大事だ」という世の中の声にのって協働をしようとする時点で慣習から抜け切れることができておらず、そんな状態で協働をしたとしても単なる足し算か、「安心の場で自分の居場所を見つける」ような取り組みにしかならないのではないだろうか。

これは多少極端な物言いではあるが、他者との関わりによって化学反応や質的な変化を生み出すためには、一度、徹底的に自己と向き合い、思いっきり自己を表現する必要があるのだと思う。

ただ、現代社会においては自己を表現しようにも「内面化された他者」の存在があまりに大きいということを感じる。常にオンラインになっているような、繋がり続けるような関係および環境に身を置く先に、真の意味でのコラボレーションが生まれるのだろうか。

先日参加をしたインテグラル・ライフ・プラクティスの講座の中で鈴木規夫さんも「対極性」の話をされていたが、極端な対局をしっかりと生み出し、その間をダイナミックに動くということに、取り組んでいきたい。2020.10.13 Mon 8:59 Den Haag

885. 実家から届いた荷物、母からの贈り物

ここのところこの時間になるともう日記を書く余力が(正確には、何かに集中して意識を向け続けるだけの力が)残っていないことが続いていたが、今日は日記に向かっておこうという気持ちが強く起こっている。ジャーナルを書いている仲間がいるということは、自分向き合い続けようとするための後押しとなるのだということを改めて実感している。

18時を過ぎた頃だっただろうか。ジリジリという1階の呼び鈴(映画に出てきそうな「いかにも」な音なのだが、残念ながら十分に表現することができない)とジーという2階の我が家の呼び鈴、そして同じくジーという3階の呼び鈴が息つく間もなく押され、さらにドンドンとドアを叩く音がした。呼び鈴をこの鳴らし方をするのは荷物の配達の人に他ならない。

昼過ぎにも一度呼び鈴が鳴らされ、ドアを叩く音が聞こえたが、セッション中だったために出なかったのだということを思い出しながら階段を降り、玄関のドアを開けると玄関脇にダンボールが立てられ、少し離れたところの配達員の人が「荷物を配達した」と言って立ち去ろうとした。「誰への荷物だろう」と持ち上げた瞬間に宛名に自分の名前がローマ字で書かれていることに気づく。さらに同時に一週間ほど前に母が荷物を発送したと連絡をくれたことを思い出した。嬉しい気持ちがこみ上げてきて思わず「Thank you !」と立ち去ろうとする配達員の背中に呼びかけると、振り返るのでもう一度、「Thank you!」と声を大きな声で呼びかけた。配達員が笑顔になり立ち去る姿を見ながら「こんなときにさっともう少し気の利いたことが言えたらいいのい」なんてことが浮かぶ。

ちょうど肩幅くらいの大きさのダンボールを抱え、階段を昇りながらダンボールに貼ってあるEMSのシートを見ると送料のところに9,000円と書いてある。もともと送ってもらいたかった本3冊と来年の手帳で2kgくらいの重さになり、だとすると国際小包扱いで3,000円ほどで送れるだろうと思っていたが、どうやら本たちは思っていたよりも重かったようだ。少し申し訳ない気持ちになりながらガムテープを剥がし、ダンボールを開き、さらに入っているものを包んでいるビニール袋を開くと、一番上に「2021 CALENDAR あまだみつひろ作品集」という文字と楽器を演奏する猫たちのイラストが書かれた大きな封筒が現れた。

本を送ってもらうことをお願いするために母に電話をしたところ「ちょうど、毎年買っているカレンダーを草ちゃんにも送ろうかと思った」と言われたので、てっきり横長の封筒に入るくらいの小さいものを想像していたが思った以上に大きくて驚いた。「せっかく送るなら」と大きなものを選らんでくれたのだろうか。それとも、もともと母が話していたのはこのカレンダーのことだったのだろうか。

そんなことを考えながらカレンダーの入った封筒をどけると、「減塩」という文字が目に飛び込んでくる。手のひらサイズのレトルト味噌汁が並んでいるのだ。これには思わず声を出して笑ってしまった。いわゆる「実家からの荷物」というのはこういうものなのだろうか。

思い返せば大学生で一人暮らしを始めて以来、書類を除いては実家から荷物が送られてきたことはない。大学生のときには実家まで自転車で30分ほどのところに一人暮らしをし、その後結婚してからも車で30分くらいのところに住んでいたので荷物を送ってもらう必要性というのがなかったのだ。おそらく東京の大学に行き、下宿をしていた兄には何度か荷物を送ったことがあるのではないかと想像するが、三人兄妹の中でおそらく一番自立心が強いと思われていたであろう私に対して両親は連絡をしてくることさえほとんどなかった。そう言うと冷たいようにも聞こえるが、そうすることで両親は私への尊重の気持ちのようなものを示そうとしてくれたのだと思っているし、実際にそんな関係が私にとってはちょうど良かった。

そんなわけで、初めて実家から荷物が届いたのだが、それがあまりに「いかにも」な感じだったので、親とはこういうものだということを想像したら笑ってしまったのだ。

減塩の味噌汁の横には手紙が貼ってある。そこには母が今年の私の誕生日にLINEにメッセージを送ったけれどそれが別の人のLINEだったということ。その後母の誕生日の後に送ったカードが届いたときにもやはりLINEをしたけれどそれも別の人にだったこと(一体誰に届いているのだろう。受け取った人もビックリしているに違いない)、そして今年の誕生日のプレゼントに用意してくれていたハンカチと去年の誕生日のプレゼントに用意してくれていた靴下を同封しているということが書かれていた。

私の誕生日は真夏である。しかし、入っていたのはシルクの分厚い靴下だった。

中学生くらいから冷え性になり冬になるといつも「足が寒い」と言っていた私に母はよく足湯を作ってくれていたのだが、それを今でも母も覚えているのだろう。「ヨーロッパの北の方」に住んでいる私が冬場に寒い思いをしていないか心配してくれているに違いない。

前回(というのがもう1年以上前ということを知り驚いているが)実家に帰ったときに母がくれたレッグウォーマーを8月以外は年中使っているが(ということはあれは一昨年の誕生日のお祝いということだったんだろうか)、今後は厚手の靴下とレッグウォーマーでさらに足元があたたかくなりそうだ。

以前母が誕生日にくれた扇子は今はあまり出番がなくなっているが、それでもそのデザインはとても気に入っていて、それを見るたびに「よく私のことを見ているなあ」と思う。今回入っていたハンカチもそうだ。自分で選んだんじゃないかと思うくらい好みにぴったりだし、自分で選ぶ以上に素敵なのだ。

結局のところ、母親はいつまで経っても母親で、子どもはいつまで経っても子どもなのだろう。

あまり記憶にはないけれど、きっと生意気だったり、父母と距離を置こうとした時期もあっただろう。

今は自分に向けられるものやその関わりの全てがありがたい。

それもきっと、しっかり「離れる」時期を過ごしたからなのだと思う。

すっかり広げた荷物を片付け、そろそろ眠りにつく準備を始めようか。今年の冬は一人で静かに過ごすことになりそうだが、来年のカレンダーと手帳も手に入れ、穏やかな気持ちで新しい年を迎えることができそうだ。2020.10.12 Mon 21:34 Den Haag