882. 人間という生産機械と今朝の夢について

 

久しぶりに青空を見ているかもしれない。

東側がオレンジ色に輝いた雲が、ゆっくりと、西から東へと動いていく。この窓から見上げる空に浮かぶ雲は、いつも西から東へ動いていく。確か小学校の理科の授業で「天気は西から東へ変わっていく」と習ったように思うけれど、それは北半球の話なのだろうか。

目を閉じると、微かに、中庭にそよぐ風が木の葉を撫でていく音が聞こえる。

今朝はシャワーを浴びながら、「森に散歩に行きたいけれど、歩いていくには少し遠いのだよなあ」ということを考えていた。「森」と言うよりも、「森林公園」と言った方がいいだろか。(自然を感じるが、ドイツで何度か訪れた森に比べると人工的で整えられているように思う。)

我が家から30分ほど歩いたところに森林公園に入れる小径がある。そこから入ると20分弱ほど自然の中を歩くことができて、さらに公園を出たところから20分くらいかけて家に帰ってくることになる。こう書きながら、森林公園まで散歩に行くのが多少億劫な気持ちがなぜ起こるのかが分かってきたように思う。公園の中にいる時間よりも行き来の時間の方が長いのだ。いっそのこと公園の入り口まで自転車で行ってしまえばいいだろうか。

今イメージしている公園とは方向は違うが、我が家から20分から30分ほどのところにもう一つ、大きな公園というか、自然の豊富なエリアがある。昨年の春から夏にかけては散歩がてらそこまで行って、りんごをかじりながら読書をしていたが気づけば今年は一度もそんな時間を持っていなかった。パソコンに向かい何か作業をしている時間が長いと一見「何かをしている」ような満足感は生まれるけれど、長い目で見ると意識が深耕されることなく、表面的な部分だけで取り組みをしてしまうことになるだろう。一見無駄に、非生産的に見える時間をいかに持つことができるか。そもそも、「無駄」や「非生産的」という表現を人間にあてるのは、人間を生産機械のように見ている視点があるからに他ならないだろう。本来人間はそんな言葉を向ける対象ではないはずだ。

そんなことを言葉にしている私は、ここのところの頭ばかり使うような日々の送り方に無意識の部分で違和感を覚えていて、それが今、意識に立ち上ってきているんだろうか。

今朝見た夢の一部がまだ頭に残っている。夢の中の私は大学生のようで、学園祭のようなお祭りが開催されているグラウンドに向かっていた。グラウンドの入り口には受付をする長机が置かれたコーナーがあり、机の向こう側に二人の女性が座っていた。

女性たちの前に行った私は、150ユーロと書かれたトラベラーズチェックのような(今もその仕組みはあるのだろうか)お札の大きさの紙を2枚出した。その紙は私のものではないにも関わらず、それを換金しようとしたようだ。そうすると、「今は手続きをするために両手の指紋の記録を取ることが必要だ」ということを言われた。「そうなんですね」と言って何食わぬ顔で手を差し出しながら、「これでは私が他人のお金を使ったことがバレてしまうかもしれない」と心の中でドキドキしていた。そうしていよいよ指紋の記録を取り始めるというときに「催しが終わる前に行っておきたい場所があるからその後にまたここに来るのでもいいか」ということを二人に聞いた。二人は分かったと言い、私は指紋の記録を取ることなくその場を離れた。

会場の入り口を入ると、想像と反して会場内は閑散としていた。催しはすでに終わろうとしていたのだ。そんなことも知らずに、「行っておきたいところがある」と告げたことを恥ずかしく思い、入ってきた入り口から出ようとしたが、そちらを使うと先ほどの二人と顔を合わせてしまうかもしれないと思い、入ってきたのとは別の出入り口からグラウンドを出た。

住宅街のようなところを歩いていくと、気づけば夢の質感が変わっていた。それまであったやましさや後ろめたさのようなものはもうない。軽やかな気持ちで歩いていると、4人組に出会った。そのうち二人は日本人で、その一人は中高の同級生、残りの二人は日本人ではない人たちだった。

日本人ではない男性が話しかけてくる。滞在先を探しているが、住所の数字が読めないようだ。手にした紙には「阿多田77-13○○」(最後の二桁は忘れてしまった)と書いてある。どうやらその男性たちには「7」が読めないようだ。確かにドイツでは7は、左側のちょんという部分がなく、右上から左下に向かう斜めの線に交差するように点を打っていて、私も今はそちらの7の書き方をしている。「77」の下に違う書き方の7を並べて書くと、彼らはそれが7だということを理解したようだった。

それでもやはりどちらに向かえばいいか分からないようなので、スマートフォンを取り出して住所を調べると、彼らが向かおうとしている場所は住宅街の一角にある湿地帯のようなところの中心で、そこは生活をするにはあまり適していない場所だということが分かった。今いる場所からはまっすぐ進んで行けばいいようなので行き方としては簡単だが、目的地についても彼らはそこでまた困るだろうということを想像し、どうしたものかと思ったが、彼らは私が調べている地図を覗き込んできて、道が分かったとお礼を述べ、その場を後にしていった。

その後はまた別の場面になり、そちらでは賑やかに何人もの人が出てきた。

雲はゆっくりと空を動き続けている。午後の予定の後までお天気が続けば、少し離れた商店街まで散歩に出かけようかという気持ちが湧いてきている。2020.10.10 Sat 8:58 Den Haag