880. ノーベル物理学賞から考える理論を超えた世界の話

窓も外も家の中もまだ暗い中で、オレンジ色のシェードのついたスタンドライトを点けている。

一見すると夜に向かおうとしているのか、夜から離れようとしているのか分からない静けさ。そんな中で目をつぶり感覚に意識を向けると、少しずつ、世界に立ち上るエネルギーが生まれていることが分かる。今という瞬間を停止した絵のように見ていると分からないが、動的なものとして感じると、その流れがどちらの方向に向かっているのかが分かる。

昨日は、昨日発表されたノーベル物理学賞受賞者とその研究についての概要の動画をYouTubeで観た。

「教科」と呼ばれるものの中では物理が一番好きだ。概念である数学を現実世界に結びつけてくれるのが物理だという感じがしている。例えば化学でも化学反応など現実世界に起こることを説明することができる。しかし俄然物理の方が好きだ。なぜだろう。

化学のことも物理のこともよく知っているわけではないが、物理では「例外」や「説明しきれないもの」があるということを気持ちよく認めているように思う。

例えば今回、ノーベル物理学賞を受賞したロジャー・ペンローズは一般相対性理論が成り立たなくなる特異点と呼ばれる場所がブラックホールの中にできる場合があること、さらには特異点はブラックホールの外にもできる場合があることを示したという。(ものすごくざっくりな整理であり、この点がノーベル物理学賞受賞の決め手となったわけではないかもしれないが。)

一般相対性理論は、現在、もっとも美しく世界に起こることを説明する理論とも言われているが、その理論でさえ限界があるということを物理学は認めているのだ。

物理学者は理論と現実に差があることを喜びさえするという。

理論には限界があることを認めた上でさらにその限界の外側を理論化しようとする営みは果てしなく、場合によっては道楽のようにさえ思えるだろう。

今回ノーベル物理学賞を受賞した3名はいずれもブラックホールに関する研究に携わっているが、その研究と私たちの日常生活がどう結びついているかは想像もつかない。

しかし、その、一見、専門家たちだけが関与するように見える世界、私たちが何もなすすべがないように見える世界のことも、ときに人間や世界の真理を教えてくれるように思う。

私にとって、それまで、「正しい答えがある」と教えてこられたことを「正しさはある前提の中におけるものである」と知ることができたのが高校での物理との出会いだった。

正しいと思っていることの限界があることを知り、その外側に目を凝らす。「計測可能なもの」を扱っているように見える物理学こそが「計測できないもの」の存在を強く示しているのかもしれない。2020.10.8 Thu 7:45 DenHaag