878. 秋の食材のおにぎりを味わって思う、料理のこと、食事のこと

「ああ、すっかり秋だなあ」と、薄暗くなり始めている中庭を見て感じるのは、秋の味覚を味わったからだろうか。

 

今日はYouTubeでたまに見ている「一人前食堂」というチャンネルで上がっていた秋の食材でつくるおにぎりの動画を見て、秋の味覚が無性に食べたくなった。つくづく影響されやすいなあと思うけれど、体もきっと季節のものを欲していたのだと自分に言い聞かせる。

動画内では秋の食材を使ったおにぎりが紹介されていたが、中でも気になったのは鮭のおにぎりだ。

ハーグは海が近い街の割に魚介類があまりリーズナブルではない。むしろ肉類よりもずっと高いと感じるくらいだ。物心つくころから20年以上を過ごし今でも実家のある福岡は魚が安くて美味しかったので(と言っても、もっともっと美味しい地域はあるだろうけれど)、海の近くの街というのは魚が手に入りやすいと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。

ハーグには欧州最大規模とも言われる(この表現も怪しいものだが)屋外のマーケットがあり、そこでは様々な種類の魚介類が売られているのだが、見たこともない魚介類を調理するほどの腕も勇気も私にはなく、スーパーで売られている鮭の切り身を見て「なかなかの値段だなあ」と思っては諦めることを繰り返してきた。

しかし今日は、「鮭おにぎり」へ向かう食欲が勝り、スーパーで鮭を購入した。それに加えて立派な舞茸も手に取った。鮭と舞茸。今日はフライパンで焼いたがこうして書きながら、ホイル焼きにしても美味しそうだという気がしてくる。できればポン酢をかけたい。明日、またレモン汁を買いに行こうか。などということが浮かんでくる。

正直なところ私は料理のセンスがない。以前、火加減と味付けが苦手だという話を焼き鳥屋で働いている友人にしたところ「それは焼き鳥を焼くのには致命的だ」と笑われたことがあるが焼き鳥に限らず、大抵の料理は人並み以下の仕上がりにしかならない。

料理本を見てその通りに作ることはかろうじてできるのだが、「今ある食材でちゃちゃっと作ろう」なんていう気の利いたことは全くできない。

昼間、あれこれと考え事をしているため、料理に向ける思考がないというのは全くの言い訳だが、とにかく、料理においてクリエイティビティを発揮するなどということが能力としてもできないし、料理をするモチベーションもとにかく低いのだ。こと、自分のためには全くやる気が出ない。

人のために漠然と作るのも苦手だが、唯一楽しみを感じたのは、陰陽五行の考え方をベースにした料理本を見ながら体調や季節に合わせた料理を作るときだ。相手の体調や状態に合わせて料理をつくるのは相手の状態に合わせてお茶を選び淹れるように想いを向けることができる。それは結局のところ料理に対する想いというよりも、食べる人に対する想いなのだろう。

そしてもう一つ、料理が楽しいと感じるのは人と一緒に作っているときだ。ドイツで一時期暮らしていた家のドイツ人のお母さんが「エンジョイキッチン」という言葉を発したとき、「そうか、料理はエンジョイキッチンなんだ」と思った。

それ以来、週末の夕方には「エンジョイキッチンをしよう」と、ワインを飲みながら料理をするのが当時暮らしていたパートナーとの恒例の楽しみになった。

仲良くなったドイツ人のカップルの家のバルコニーにはバーベキューグリルがあり、バーベキューを楽しみながらバルコニーで食事をしたことも思い出される。

こうして考えるとやはり私にとって料理や食事は誰かと一緒に楽しみたいものなのだ。

幸いなことに、というよりも意図してと言った方がいいだろうけれど、以前の結婚相手やパートナーは一緒に料理を作ることを楽しむタイプでむしろ私よりもずっと料理が上手だったので料理も食事も一緒に楽しむことができてきた。食事は、栄養を摂るためというよりもコミュニケーションを取る時間として大切な時間なのだ。

そうは言っても当分は一人静かに食事をすることになるだろうから、食への向き合い方も変えていきたい。漠然とそう思ってきたが、その方法の一つが「季節の食材を楽しむ」ということなのかもしれない。

この先に書いていたことが消えてしまっていたようだ。昨日書いたものもどこに行ったのだろう。これがいつ書いたものかさえ分からなくなってしまったが、105日のものということにしておく。2020.10.5 Mon Den Haag