877. 批評と学び

目をつぶり、ゆっくりと呼吸をしていると、パタパタをいう音が聞こえてきた。目を開け、窓の外に視線を向けると、せり出した1階部分の屋根の上にたまった水の表面に波紋が広がっている。

今日も雨か。と、少し残念な気持ちになる。

この時期、ハーグは雨が降ることが多い。一週間前に天気予報を見たときに一週間ずっと雨のマークが付いていたし、実際にほぼ毎日雨が降っていた。

通勤をするわけではないし家がとても快適なのであまり頻繁に外に出られなくてもいいのだがさすがに定期的に野菜などを買いにいく必要はあるし、たまには散歩もしたい。

なんてことを考えていたら雨が止んだ。「女心と秋の空」という言葉もあるが、この国の秋の天気もどうやらとても変わりやすいようだ。

昨日は一日が数時間で終わったような日だった。

日本時間の土曜の朝8時、オランダ時間の25時から持っている定期セッションを終え、いつもなら眠りにつくところだったが昨日は日本時間の10時から13時に開催されるコーチングのトレーニングに参加をした。それはオランダ時間の3時から6時にあたる。

さすがに途中で眠くなるかと思ったが、画像ONが必須のトレーニングであり、二人組や三人組で話をする機会も頻繁にあったため思ったほど眠くはならなかった。

しかしながら、トレーニングが終わった直後の満足度は非常に低いものだった。学びが全くなかったわけではないが、Zoomでのライブ開催に参加する必要性を感じたかというとそうではなく、録音されたものを聞くので十分ではないかと感じた。欧州に渡って以降、オンラインで開催されるトレーニングや講座にしか参加することはできなかったが、これまではどれも満足度が高く、振り返ってみるとオンラインならではの場づくりがしっかりとされていたのだと思う。

しかし、残念ながら今回参加したトレーニングは「リアルな場で開催されていたものを急ごしらえでオンライン開催に切り替えた」という感が否めなかった。

というようなことを終了直後に感じていたのだが、同時に「寝不足では共感能力が下がると言うが、辛口の評価がこんなにも出てきているのはそのためだろうか」という考えも浮かんでいた。加えて、自分が以前、コーチとして働いてきた企業が主催したトレーニングだったということもあり、期待する基準が随分と上がっていたのだろうとも思った。

目の前のことにひとたび評価の目を向け始めると、気になることばかりが目に留まるようになる。そうしているとその場から学び得たはずのことも学べなくなってしまうだろう。

批評家の帽子を被り、自分の正しさにすがりつく自分にはなっていないか。自分の中に反応的に起こったことにその後の感情や意識が引っ張られ続けてはいないか。

学びと成長を続けられるかは「批評をする自分」に批評の目を向け続けられるかにかかっているだろう。


同時に、学びの場を開催している主体の持つ世界観や前提にも目を向けることができたら、そこで話されている枠組みを超えたことを自ら学ぶことができるに違いない。

教会の鐘が鳴り響き、再び雨が降り始めた。2020.10.4 Sun 9:47 Den Haag