868. 日曜の朝に眺めた光景と漂う思考

 

珍しく向かいの家の男の子が中庭に続く扉を開けた。いつもはガラスの向こうに映る様子しか見えないが金髪のくせ毛でスラっとした姿を見て、思ったよりずっと大人びていることに驚く。(と言っても小学校の中学年くらいなのだろうけれど。)

頭をもたげた男の子が顔を上げると、手には猫が抱きかかえられていた。前足の下から抱き上げられ、後ろ足がだらんと垂れ下がっている。猫独特のくたっとした質感にを見てまず出てきたのは「羨ましい」という感覚だ。

まだ小柄で頼りない質感の猫はおそらく最近一緒に暮らし始めたのだろう。「私がもしここで猫を飼いたいと言ったら、ヤンさんは許してくれるだろうか」という考えが頭をよぎる。

隣の家の1階部分の屋根の上には喉元と足先の白い黒猫が座り、きょろきょろと頭を動かしている。

「もし今のような状況が続くなら、オランダで免許を取ろう」ということが思い浮かぶ。それはもしかしたら、日本の免許を国際免許に書き換えるだけでいいのかもしれない。

電車でのんびり旅をするのも好きだが、いかんせんマスクを着け続けないといけないのは辛い。今の家も、ハーグの街も大好きだが、さすがにこのままあまり他の場所を訪れないとなると素晴らしい暮らしさえも退屈に思えてきてしまうかもしれない。車を恒常的に持つ必要はないが、「足を伸ばす」ことが気軽にできるようにはなりたいものだ。

昨晩は深夜のセッションの後、なかなか寝付くことができなかった。いつもならそれでスマートフォンを開き余計に寝付けなくなってしまうのだが、昨日は寝室にスマートフォンを持ち込まなかったにも関わらず、そしてアイマスクを耳栓をし、寝る体制としては万全だったにも関わらず、おそらく数時間の間寝付くことができなかった。セッションの前に仮眠のつもりが結構深く寝ていたので当然と言えば当然なのかもしれない。

寝付けないときにそのことをどうも思わなくなると精神衛生上、かなり楽になるだろうか。今は寝付けない日が数日続くということはなく、スケジュールもかなり余裕を持って組んであるため、寝付けなかった日の翌日も仕事に支障がないように調整することができる。にも関わらず寝付けないその場では「寝付けないなあ」という自分ではどうしようもないことに悩むということが起こる。

悩みのほとんどは二次的なもので、「それについて悩む自分」が生まれることが悩みの種となっているのだということをつくづく感じる。

そんなことを考えながら、今日の予定が気になり始めている。

まだセッションの時刻まで時間はあるが、部屋の掃除をして、気持ちよく空間を整え、その後はできるだけ思考をしない状態で過ごしたい。2020.9.27 Sun 9:48 Den Haag