860. 南の空に瞬く星を見つめて

 

空が明るくなるとともに、星の輝きが薄れていく。

そんな中、南の空の低い位置で瞬いていた星はこの30分ほどで随分と位置が変わった。

まだ真っ暗に近い空を見上げて中庭の大きな木の枝の間の光を見つけたとき、それは星ではない何かなのではないかと思った。あまりにもその瞬きが眩しくて、三方に光の筋が広がっている。その光の色は瞬間ごとに緑や赤を含んだものに変化している。これまでもそんな星を南の空に見たことはあったような気がしたけれど、あんなにも強い光を放っていただろうか。

星は消滅する寸前には強い光を放つという。そしてその光が地球に届く頃にはもうその星の姿はない。

あの輝きの正体は分からないけれど、暗闇に光る星は太古の昔から人間の心に希望の光を灯してきたのだろうということを今は感じている。

空全体を照らす太陽よりも、か細く光る星の方が心を惹きつける。それは心の中に暗闇があるということを教えているのだろうか。暗闇に見えるものほど愛おしい。

一昨日購入した耳栓のおかげで昨晩も落ち着いて眠りに就くことができた。思っていたほど耳に違和感もなく、思った以上に窓一枚隔てた通りを通る車やトラムの音を遮断してくれる。

聞こえてくるカモメの声につられるように空を見上げると、カモメたちが南の方角へと向かっていく姿が見えた。六、七羽で隊列を組んでいるものもいれば、一羽で飛んでいるものもいる。

頭も心も静かな中で浮かび上がってくる言葉や感覚を待っていると、先日カフェで話をしたオランダ人に「なぜオランダ人の友達がいないのか」と聞かれたことを思い出した。日本好きで日本に5回行ったことがあるというロッテルダム生まれロッテルダム育ちの彼は先週、大学のオープンクラスで日本語を学び始めたという。そして日本の食べ物が好きで毎週末自転車でハーグにあるそのカフェまでカレーを食べに来ているということだった。そんな彼にとってオランダが好きでオランダに住んでいる私が、二年も住んでいてなぜオランダ人の友達がいないのかというのはシンプルに不思議なことなのだろう。

そう聞かれて私も「そうだよねえ。何でだろうねえ」と首を傾げた。特に深い理由はない。

日本にいても新しい友達ができることというのはそう多くはなかったし、新しく知り合った人がいたとしてもその中で「友達」や「友人」と呼ぶ仲になる人はとても少ない。頻繁に会ったり話をしたりすれば友達かというとそうでもないし、仕事を一緒にしていると「友達」というより「仲間」という感覚になる。そして普段、仕事を通じて深く人と関わっているという実感があるためか、休みの日は一人で本を読んだり静かに過ごすことが好きだ。

仕事ではなくあれこれと尽きない話をするのも好きだが、英語ではなかなかそれが叶わないということが大きいだろうか。本当はもっと聞きたいことがあるし、知りたいことがある。しかしスタート地点で相手のことをあまり知ることができないが故に、「どうしても知りたいから英語をもっと勉強しよう」というところまで至らない。

と、なんだかんだ考えてみるも、結局のところ私の中で人付き合いの重要度というのがそう高くないのだろう。それよりも一人で取り組みたいことが多々あり、一週間でも一ヶ月でも、過ごせてしまうのだ。

そんな風に過ごしていたらオランダで二年の月日が過ぎていた。

再び空を見上げると、カモメより一回り小さいであろう黒っぽい色をした鳥が隊列を組みながらもすごい速さで南の方角に向かって通り抜けた。

一瞬の出来事に驚いたが、すぐにまた、空にも心にも静けさが戻ってきた。2020.9.22 Tue 7:32 Den Haag