858. 耳栓と睡眠とコードレッドに指定された街


瞑想をし、祈りの言葉を唱え、感覚の余韻に浸る。開け放ったリビングの窓からいくつかの種類の鳥の声が入ってくる。

昨晩は耳栓をしてベッドに入った。一昨日もともとリビングだった通りに面した側の部屋にベッドを移動させたところ、往来の音が気になってなかなか寝付けなかったため耳栓をしてみたら多少は改善されるだろうかと思い、日中ドラッグストア耳栓を購入していた。正直なところ耳栓の効果には懐疑的で、静けさよりも耳の違和感の方が大きいのではと想像していたが、耳に入れてみると思った以上に音が聞こえなくなり、多少耳に違和感はあったものの快適に眠ることができた。それでも目覚ましに使っているクリスタルボウルの音色は聞こえたので、完全に音を遮断している訳ではないのだろう。恐らく完全な無音になるとそれはそれで気持ちが悪いはずなので、ある程度の音は聞こえるのはちょうどいい。このまま寝つきづらい日々が続いたらベッドを元も位置に戻さないといけないかもしれないと思っていたが、一旦は新しい配置での暮らしを続けることができそうだ。住宅に求めるものはそう多くはないが、あえて順序をつけるなら、静けさ、明るさ、余白、だろうか。オランダの集合住宅は大抵、南北もしくは東西にどちらも窓がある作りになっており、十分な余白もある。そしてトラムが通っていない街の方が多い。


静かで明るくて余白のある家を見つけるのは難しくはなさそうだが、問題は住宅不足だ。(それも大きな街でなければ住宅不足ではないのだろうか。)今の家くらい快適で、かつバスタブのある家があれば引っ越しを考えたいところだが、やはりそれはよっぽどのことがあればということになるだろう。書斎の書棚が書籍でいっぱいになるまではこの家に暮らし続けるだろう。

昨日は街の中心部まで自転車で出かけた。8月の初旬、誕生日の日に行った美容院でのカットがとても気に入ったため、伸びてきた髪を切ってもらった。欧州に渡って3年半、オランダに来て2年が経ったが、一度切ってもらった美容師に再びお願いしたのは初めてだ。(オランダの前に住んでいたドイツでは結局美容院に行かず、日本に行くときにカットをしてもらっていた。)

美容院ではオランダでは新型コロナウイルスの感染者が増えており、中でもハーグは感染者の割合が多いエリアになっているという話を聞いて驚いた。いや、驚き半分、「そりゃそうだろう」という感覚半分というところだろうか。

7月以降、私も街の中心部を訪れることが何度かあったが、いつ行っても中心部は賑わっていて、その中には観光客も多くいるだろうということを感じた。さらにハーグにはビーチがある。バカンスで南欧に行く代わりにハーグの海に遊びに来たという他国の人も少なくはなかったのではないかと想像する。

調べてみると確かにハーグを含む南ホラント州とアムステルダムを含むホラント州は現在、ドイツとベルギーからコード・レッドのエリアに指定されており、この2州からの渡航(入国)を禁止しているということだ。このまま状況が悪化すると都市単位でのロックダウンを行う可能性もあるということを美容師が話していたがそうなったら何か生活に支障が出るだろうか。

コード・レッドに指定されたことに気づかないくらい普段の暮らしには特段変化がないが、私がよっぽど鈍感なのだろうか。

気になるのは日本にいるパートナーがオランダに来ることができるかどうかであるが、気にしたところで何か状況が変わるわけでもない。日本への便の乗り換えにもよく使っていたドイツのフランクフルト空港は現在、欧州の滞在許可がない人は乗り換えさえできなくなっており、ヘルシンキ空港も同様のようだ。私は滞在許可があるため乗り換えをすることができるが、彼はそうではないためKLMの直行便を使うか、欧州もしくは他のエリアの乗り換え可能な空港を経由しなければならない。現在オランダでは日本からの渡航者は自主隔離期間なく滞在することができるが、日本ではそうではないだろう。ハーグでの感染者数が増えたら、それこそハーグから欧州の他の都市を経由して日本に戻ることが難しくなってしまうかもしれない。

何事にもタイミングと流れがある。流れを無理に変えようとしてもあまり良いことはなく、自然な流れに任せるのが良いというのはこれまで様々なことで試行錯誤をしたりじたばたしてみた結果学んだことだ。

一昨日、昨日と外出をし、私にしてはアクティブに過ごしたが、その分今日は家で静かに過ごしたい。感覚より思考に向いている意識を、またゆっくりと感覚に戻して行く日になるだろう。2020.9.21 Mon 8:36 Den Haag

859. 過剰適応と日本の組織、沈み行く船

 

6時間ほど前に聴き始めた「切り離された自己」についての講義の録音をようやく聴き終えた。この講義のテーマは過剰適応。自分の外側にあるもの(他者の期待や慣習)に過剰に適応した結果、切り離された自己が生まれるという話だ。

コーチングへの活用についてはまた改めて整理をしていきたいが、まずは印象に残っていること、私の中で言葉にされたがっていることを連ねていく。

まず浮かんでくるのが、「切り離された自己(not me)については自分で自分と向き合うことでは取り戻すことができない」という話だ。「人生の非常に初期の段階で切り離されているということもあり、夢やシンボルとして現れることもない」という考えは私にとって新鮮で、かつ対話や他者との関わりの必要性・重要性を後押しするものであった。

自分が自分ではないと思っていることは意識の中に現れない。だからそれについて自分で気づくことはできない。その不在について気づくことができるのは他者や支援者との間に起こる予想外の出来事であり、不在となっていたnot me に新たな居場所を与えることができるのは他者との対話によって新たなナラティブ(新たな関係性)をつくること。

まだ自分の中で洗練された言葉に落とし込むことはできていないが、この一連のメカニズムに関して、「確かにそうだ」という体験から来る実感がある。

コーチングはカウンセリングではないが、ある一定以上の意識の発達に取り組もうとする場合、シャドウや過去の積み残しと向き合うことが不可欠となる。むしろ、経営者などの自己成長は結局のところそこに帰着すると言っても過言ではないだろう。能力開発や前へ前へと進むための働きかけは多々あるが、これまでの積み残しを味わう取り組みというのは分かりやすく商品化・サービス化されているものにはあまりなく、結果として積み残しは増えていく。そしていつかそのテーマにぶつかることになる。

「スピリチュアル」と言うと「目に見えない世界のことを扱う怪しいもの」というイメージも湧くが(私自身もそう思っていたが)、自己の成長に向き合うにあたってスピリチュアル、精神領域と向き合うことは欠かせないことであり、どう健全に精神領域と向き合うかというのは表立ってあまり言われないもののとても重要なテーマだと感じている。

スピリチュアルと呼ばれは領域も紐解いてみると心理療法とも通ずるものがあるが、そう言うと今度は「何か病的なものや悩みを抱えている人が取り組むもの」というイメージが強くなる。

そんなこともあり、自分自身と向き合っていないにも関わらずコーチングをはじめとした他者支援・対人支援に(提供者として)取り組む人というのも多いが、そんな状態ではコーチングはクライアントのためのものではなくコーチ自身のためのものになってしまうことも多々あるのではないかと思う。

講義を聴きながら、現在開発に携わっている組織向けのプログラムの構成についても思考が巡っていた。現在日本の組織の多くはリモートワークの導入により新たなマネジメントの形を模索している。

「リモートワークでの1on1のポイントを伝授してほしい」という要望も多いようだが、問題の本質はそこではないだろう。

まずは1時間やそこらの一方的な講義で人の行動が変わると思っているその意識を改めた方がいいだろう。リモートワーク以前に関係性をつくることができていたのか、コミュニケーションを取ることができていたのか。

リモートワークはこれまで潜在的にあった課題が顕在化したにすぎない。

そもそもこれまでの組織にはどんな力が働いていて、それがそこにいる人たちにどんな影響を与えていたのか。

毎日スーツを着てネクタイを締め、満員電車でオフィスに向かい、すっかり日が暮れても働き続ける。

そこで起こっていたことはまさに過剰適応とも言えるのではないだろうか。

「主体性は持って欲しいけれど想定の範囲内で動いて欲しい」
などという調子の良い考えを働く人に押し付けてきてはいなかっただろうか。

「会社に来なくても必要とされる機能を果たしてほしい」
などと思ってはいないだろうか。

「一人一人が自分自身の内なる欲求と向き合ったら組織が崩壊するかもしれない」というのは、裏を返せば「多様な人が思わず携わりたくなるようなビジョンを描くことができていない」と言っているようなものだ。

そもそも、ビジョンを描いたらそこに人がついてくると思うことが間違いだろう。ビジョンは描き続ける必要がある。いや、語り合い続ける必要がある。組織のビジョンを組織に関わる一人一人が語り、大きなビジョンを「これは自分のビジョンだ」と思っていれば組織が空中分解することはない。

こうして考えてみると今組織に起こっている様々な問題は、私たちが組織やそこにいる人たちを静的なものとして捉えているということに起因しているようにも思えてくる。一度ビジョンを掲げれば、それに向かって日々行動を続ける。人はそんな生産機械ではないのだ。

考えるほどに、組織の本質的・根本的な変化を後押しするものを作ろうとするとそれが組織にとって受け入れがたいものになるだろうという気がしてくる。しかし、どんなにそれが日本の未来のために必要なものだと言っても企業が取り組まなければいつまで経っても状況は変わらないだろう。先達たちも、そう思って試行錯誤をしてきたのだろうか。

そんな話から、今日の講義の中で出てきた話の一つを思い出した。「古い世代が死に絶えない限りスコープは変わらない」ということだ。『科学革命の構造』の著者、トーマス・クーンは「人間にはスコープを変える柔軟性はない。経済や政治が立ち行かなくならない限りパラダイムシフトは起きない」ということを言っているという。

大きな視点で言うと確かにそうなのだろう。しかし、だからと言って古い世代が死に絶えるのを待っている間に、その世代が作った教育や企業制度のもと新たな過剰適応者がどんどんと出てきてしまう。

日本の経済や政治はすでに立ち行かなくなっているのではないかと思うが、ゆっくりと沈みゆく船に乗っているとそのことには気づかないのだろうか。

気づいている多くの人たちが声を上げ、立ち上がっているのだと信じたい。


一人の人に起こっていること、組織に起こっていること、日本に起こっていること。全てがつながったフラクタル構造になっているような、そんなイメージが今頭の中に湧いてきている。その中のどこに自分は携わっていくのか。全てに結びつく、本質でかつシンプルな取り組みはないかということを考え続けている。2020.9.21 Mon 19:31 Den Haag