857. 時空の狭間を旅して

パソコンを開くと、オランダの政府からのお知らせが届いていた。オランダには自分宛の公的な書類を見ることのできるアプリケーションがあるが、そこに移民局からの手紙が届いているとのことだ。早速アプリケーションを確認してみると、個人事業主のビザの延長手続きについての案内だった。

案内の中には、現在、各種の手続きに時間がかかっているということ、1220日までには必ず手続きをするようにということが書かれていた。ちょうどその3ヶ月前ということで今日お知らせが届いたのだろう。

オランダで個人事業主のビザを取得して2年の月日が過ぎようとしていることに驚きを感じるも、その感慨に浸ることなく必要な手続きについての案内を読み進めた。いつもなら「必要な手続き」というのは大抵何だか面倒で暫く放置してしまうのだが、今回は「できるだけ早く進めてしまおう」という気持ちが生まれていた。

いつ状況が変わるとも分からない。ビザの更新をできると言ってくれているうちに手続きを進めるに越したことはない。

幸いにも移民局の手続きは英語表記があり、かつ、自分の状況を選択していくとそれに合わせた案内が出るようになっているため、一つ一つ手続きを進めていくことができる。結局途中で会計士に作成してもらわないといけない書類があることが分かり、会計士への依頼のメールを送信したところで一旦手続きをストップした。一気に手続きを終わらせることができなかったのは残念だが、商工会議所から取り寄せる必要がある書類もオンラインですぐに決済・ダウンロードすることができたため、会計士とのやりとりがスムーズに進めば1ヶ月も経たずに申請を完了させることができるだろう。そうすれば向こう5年の滞在許可がもらえることになるため一安心だ。

昨晩は新しく寝室となった北側の部屋で就寝をしたが、思いの外、表の通りのトラムや自動車の音が気になってなかなか寝付くことができなかった。これまで寝室だった側の部屋の間には木の扉が一枚あるが、一枚隔てただけで、随分と静けさが違ったのだということを改めて実感した。

新たにリビング兼ワーキングスペースとなった部屋は働くのにも寛ぐのにも寝るのにもとても快適だ。だからこそ悩ましい。その隣にある書斎にベッドを入れたいくらいだが、残念ながら小さな書斎には大きなベッドフレームがおさまらない。いっそのこと書斎の天井部分に据え付けられたベッドを日々の寝床にしてしまおうかとも思うが、広さとしては十分なものの、マットレスだけが敷かれたベッドは毎日寝るには少し心もとない。何より、2m以上ある梯子を毎晩昇り降りするのは心臓に悪い。特に朝は寝ぼけ眼で梯子を降り、日本の感覚で、随分と早くに「そろそろ床に足が着くだろう」と足を伸ばし、足が空を切るということを、何度も経験している。

昨晩眠りに就く前は「この家はこれでとっても快適だ!」と満足したが、視覚的に満足なのと身体感覚として満足なのは全く違うのだということを、新しい家具の配置で一晩過ごしてつくづく感じた。

とは言え、できれば南側の部屋は広々としたワーキングスペースとして使いたいので「寝るときに耳栓をすれば快適に寝ることができるだろうか」などということを今は考えている。

そういえば昨晩、フローニンゲンに住む友人の日記を読んだ際に、先日私がフローニンゲンの次に訪れたレーワルデンについての記述が目に留まった。フローニンゲンからレーワルデンに行く際に電車とバスを乗り継いで2時間かかったのだが、直行の電車で1時間もかからずに行けるのではないかということだった。

確かにそうなのだ。レーワルデンを訪れることに決めたときに「フローニンゲンから電車1本で40分くらいで行けるようなので友人を誘ってみよう」と思ったことを覚えているが、実際にフローニンゲンからレーワルデンに向かう当日、改めて交通機関を調べてみると出てきたのは長距離電車で周辺の街を迂回するように向かうルートとローカル線とバスを乗り継ぐルートだった。

思い返せば、私は一人で出かけると目的地にスムーズにたどり着けないということがよくある。

ドイツで初めて移民局を訪れた際は、山の中にある移民局に向かうためのバスの降車駅を間違え、1時間半ほどの道のりが2時間半以上かかり、次に同じ移民局を訪れた際は帰り道に乗っていたバスが積もった雪でスリップし、1時間以上バスが立ち往生し、最後には乗客たちとバスを押してようやくバスが動き始めたということがあった。

フランクフルトから電車で1時間ほどの街に住んでいたときにはフランクフルトからの電車が途中で止まり、随分と駅で待った後に臨時で出たバスに乗りやはり山を越え、3時間以上かけて家に帰り着いたこともあった。

ドイツでもオランダでも電車が終着駅の手前で止まってしまうということがザラにあり、空港に向かっていた電車からバスに乗り換えてどうにか空港にたどり着いたということも何度もある。

幸いにもドイツでもオランダでも親切な人がいて、バスの乗り換え方法を教えてくれたり、目的地に辿り着くまで見守ってくれたりしてくれたため、どうしようもない不安や心細さを感じることはなく、毎度毎度「やっぱり海外はいろんなことがあるよねえ。でも親切な人ばかりでありがたいなあ」と思ってきた。

それにしても、振り返ってみるとそんなことが随分と多い。私が移動しようとすると時空の歪みのようなものにふらーっと吸い込まれてしまうのだろうか。

そういえば初めて欧州を訪れた際もミュンヘンから飛び立った飛行機が遅れドバイで予定の乗り換えができなくなり、12時間ドバイに滞在をするということがあった。その間、航空会社がホテルと3食のご飯を手配してくれ、さらに車でドバイの街をめぐるツアーと砂漠のツアーにまで行き随分と楽しんだのだが、今思えばそれも不思議な空間に迷い込んだような時間だった。

フローニンゲンからレーワルデンに行く途中に乗ったバスも、今思えば不思議なバスだった。カードをかざす機械が壊れているのか、料金のチャージはされず、がっしりとした女性のドライバーが、街の停留所に近づくたびに大きな声で何かを叫んでいた。(「ここで降りる人はいないか」というようなことを聞いていたのだろう。)その中でバス酔いをした私は座らない首を座席にもたげ、景色を眺めることもなく、ただただ早くレーワルデンバスが到着することを願っていた。

もしかすると私は随分と人とは違う移動や旅の時間を味わっているのだろうか。数々の「予定通りにたどり着かない」という経験の結果「自分の意志ではどうにもできないこともあるし、最終的にはどうにかなる」というような、世界に自分を明け渡す姿勢を身につけてきたことは間違いないだろう。そして、改めて思い出されるのはそんな中で声をかけてくれる親切な人たちのことだ。同じくらいに嫌な思いもしているのかもしれないが、不思議とそういったことはほぼ記憶にない。

これからもそんな珍道中が続いていくかと思うと、知らない場所に出かけることがますます楽しみになってきた。2020.9.20 Sun 11:35 Den Haag