850. 群れをなす生き物としての人間について

カモメたちがバラバラと南へ向かう。空に広がる羽ばたきを見上げながら「カモメは隊列を組まないのか」ということが頭に浮かぶ。眺めていると時折、三羽から四羽ほどのカモメがなんとなしに同じ間隔を保ち飛んでいるのだが、いわゆる「群れ」というほどには集まっていない。

自己組織化する鳥とそうでない鳥があるのか、それとも場面によって違うのか。そんなことを考えていたら、四年ほど前に日本で参加したワークショップでの一つの取り組みを思い出した。ドイツのドイツ連邦軍大学でGlobal Integral Competenceを研究している日本人の教授が来日して行ったエネルギーに関する講座だった。(そのときの資料を今も大事に持っていた自分に驚きである。当時は内容の半分も理解できなかったが今ならもっと深く理解をすることができるだろうか。)

ワークショップの最後に行ったワークは、会場内の机や椅子をどけてスペースを作った上で、全員が心の中で二人の人を決め、その二人と自分を結んで正三角形ができるような位置に移動をしていくというものだった。30人ほどの参加者がお互い誰を選んでいるか分からない状態で、かつ、その相手を見つめすぎないようにしながら無言で自分の位置を変えていく。それぞれが自分以外の他者を基準にしているものだから、しばらくの間みんな静かに動き続けていた。そして次第に動きが落ち着き、あるとき全員が止まった。

これは文字にすると、そして頭で考えると「理論的に確かにそうなる」ということが理解されるが、実際にやってみるとなかなかの驚きだった。

これに、一定方向に飛ぶという条件が加わっても、同じことが起こるということになる。つまり、全ての鳥が自分以外の二羽の鳥との位置関係を保つことを意識しておけば鳥たちは隊列を保ったまま飛ぶことができるのだ。

それを外から眺めると「隊列が保たれている」ということになるが、実際には生物として生存を守るために必要なのだろう。大海原や大空で仲間とはぐれてしまったら生存の可能性は大きく下がるに違いない。敵から身を守るため、もしくは食料を確保するためには群れで行動をする必要があり、群れとはぐれないためには、仲間と一定の距離を保ち続ける必要がある。

群れの外にいるとそこに群れができていることが分かる。群れ全体としてどんな動きをしているかが分かる。しかし群れの中にいると群れを客観的に見ることはできない。


そう考えると人間も、思った以上に群れをなしているのだろうか。きっとそうだろう。例えば、と、欧州を離れる前に使っていた井の頭線の渋谷駅の改札を思い出す。朝、井の頭線を降りた人々は改札に向かう。おそらく、前の人にぶつからないように自分の前方120度くらいの視野内におさまる人との距離を無意識に測っているだろう。人間は鳥が隊列をなしているのを見て「不思議だなあ」などと思ったりするが、何てことはない、自分たちも同じように群れをなしているのだ。ときに人と人との距離が随分と近い、密集した群れをなしながら、人は日々の暮らしを送っている。

息苦しさを生むこともあるけれど、群れの中にいるという安心感もある。

それが今はどうだろう。オンラインの世界では他者との物理的距離の感覚というのはどのように知覚されているのだろう。そこにパーソナルスペースはあるのだろうか。そこに群れはできるのだろうか。

こうして書いていると人間は思った以上に物理的な距離を頼りに生きてきたのではないかという気がしてくる。「だからやっぱりオンラインではなくリアルな世界を大事にしましょう」という二元論的な話ではなく、「人間が人間として生きてきたというのはどういうことだったのか」というのを紐解くことなしにニューノーマルと呼ばれるライフスタイルに適応することを進めていくと、気づけば生きた心地がしなくなっていたなんてことが起こるのではないだろうかと思うのだ。

人、ではなく人間。人間はあわい(間)の世界に生きている存在なのだ。2020.9.15 Tue 7:48 Den Haag

851. ピアノの演奏の中で思い出す今日という日、葡萄を収穫し家の手入れをするヤンさんのこと

 

階下から聞こえるヤンさんの口笛に加えて、開け放った中庭に続く扉の向こうからピアノの音色が飛び込んできて再生を始めたばかりの動画を閉じた。この時間は英語学習のために英語で行われている精神修養のプログラムの動画を観ようと思ったのだが、奏でられる美しい音色に耳を澄ませることをしたいと思った。

おそらく何年も何年も演奏を続けている人なのだろう。

一つ一つの音の運びは滑らかで、時折何かを確認するかのように、スピードが緩む。こんな音色が奏でられるのに、毎日聞こえてこないのが不思議なくらいだ。それとも私が気づいていなかっただけでこのピアノの演奏者は毎日毎日演奏を続けていたのだろうか。

音が聞こえてくるのは右斜め前の家からだ。知る限り、その家には白髪の老女が一人で暮らしている。その家を訪れる人がいるのだろうか。

そう言えば昨晩、その家のダイニングに蝋燭の灯りが灯されていたことを思い出す。これまで何度か、蝋燭の灯りに照らされ、何人か分のテーブルセッティングがされている様子を目にしたことがある。

やわらかな灯りのもと、食事をしながら語らう。

そんな時間があったのかと思うとこの演奏がさらに美しいものに思えてくる。

何人もの人の人生が織り重なったような音楽。

一人で聴くことがもったいないくらい美しい音楽。

音楽はこんなにも人の心に染み込んでくるのだということを感じている。

そして再び、ヤンさんの口笛が聞こえてくる。

先ほどよりは少し寂しげなメロディー。

ヤンさんも庭仕事をしながらあのピアノの音色を聴いていたのだろうか。

午前中、ヤンさんが雨漏りがしているようなのでバルコニーを確認していいかと連絡をしてきた。その前にリビングの扉をノックしていたことを知っていたがセッション中で対応しなかったためメールをしてきたのだ。

大丈夫だと返事をし、間も無くリビングの扉が再びノックされた。

扉を開けると山盛りの葡萄が入ったガラスのボウルを持ったヤンさんがいた。庭の葡萄を収穫したという。冷蔵庫に入れて洗って食べると良いとボウルを渡してくれる。生い茂る葉っぱの下に見える葡萄を見ながら「葡萄が葡萄色になっているなあ」「そろそろ食べごろかなあ」なんてことを考えていたが、まさに食べごろなようだ。

去年も葡萄の実はあふれるほどに成っていたが「途中で調整をしないと食べられる葡萄にならない」というようなことをヤンさんが言っていたように思う。今年は食べられる葡萄が成ったということだろうか。

バルコニーを見るのかと思ったヤンさんは寝室の入り口の上に火災報知器を設置するという。数ヶ月前に電池切れのためか明け方けたたましい音で鳴り響いたものを外して以来、火災報知器はつけないままになっていた。

リビングからつながる寝室に、以前リビングに(その前は書斎に)置いてあったヤンさんお手製の大きなテーブルがあるのを見たヤンさんに「私は仕事のために広いスペースが必要なのだ」と伝えると、「自分で動かしたの!?」「力持ちだね」との言葉が返ってきた。

ベッドが脇に追いやられ中央には大きなテーブルが置かれ、もともとリビングにあったソファまでもが窓辺に鎮座している部屋はもはや寝室ではない。もともとリビングよりも広い部屋でもありこの部屋を寝室たらしめているのは部屋の中央の本来ベッドを置く位置に備え付けられた棚(ヘッドボードの一部のようになっていたもの)だが、ベッドを動かした今、それはただの棚になっている。寝室と廊下の間の扉の前にベッドを移動しているが、扉の上が火災報知器を取り付ける場所だ。ヤンさんはこともなげにベッドを引いて動かし、一度リビングから外に出て、1階から脚立を持って上がってきた。我が家は天井が高いので、その分脚立も高い。しかしそれも長身のヤンさんにとっては大した高さではないのかもしれない。

ドライバーを使って火災報知器を取り付けながら「今日は何の日か知っているか」とヤンさんが聞いてくる。「何か歴史的な日なのか」と尋ねると、「オランダではかつて王様が一番権力を持っていたが、それを議会が持つようになった日だ」というようなことを私が分かる英語を選び直しながら教えてくれた。(「なった日」かどうかは定かではない。)本来なら記念のイベントのようなものがハーグの中心にある議会の建物(古いお城のような場所)で行われるが今年はそれが中止になっているという。ヘリコプターが飛んでいるのは、街に異常がないか見守っているのだという。

確かにハーグはオランダの民主主義政治の始まりの場所であるということを以前何かで読んだことがある。現在では国に暮らす人が多様化したことに伴い、様々な政党ができたため、オランダの議会の与党は必ず複数の政党が連立して作られるという特徴があり、それが「真の民主主義だ」という捉え方もあるようだ。

今日は祝日にはなっていないようだが、ヤンさんの話ぶりからオランダの人たちにとってオランダの民主主義の形はおそらくとても大切で誇らしいものなのだろうということを感じた。

火災報知器を付け終わり、作業によって壁のペンキが剥がれたところに掃除機をかけ、バルコニーから1階の屋根を確認したヤンさんは今度は1階から3階をつなぐ階段に掃除機をかけ始めた。その姿を見ていつも部屋の中にしか掃除機をかけていないことを少し申し訳なく思った。

そしてこの日記を書いている途中、呼び鈴が鳴ったため階段から玄関を覗くと何やらヤンさんが作業をしていた。

ヤンさんはビックリするくらい、家の手入れを自分で行う。パートナーを5,6年前に亡くしているということだが、この家はおそらくずっとヤンさんが手入れを続けてきたのだろう。一緒に手入れをしてきたのかもしれないが、とにかく「誰かに任せていた」というわけではないことがヤンさんの家仕事ぶりから伝わってくる。

しかもそれを義務としてではなく、暮らしの一部、生きることの一部として楽しんでいるというのは口笛を吹きながら家の手入れをするヤンさんの姿から強く感じることだ。

現実にある目の前の世界に現実の身体を以って関わる。

ヤンさんは、そんな生き方、生きることの美しさを教えてくれる。

気づけばヤンさんの口笛も、ピアノの音も止んでいた。

「コミュニケーション」というと人と人とが直接交わすもののように思えるが、人はこうして環境と、そしてそこに流れ込んでいるいろいろな人の想いや人生とコミュニケーションを交わしているのだということがふと浮かんできた。2020.9.15 Tue 17:19 Den Haag