847. 色が変わった葡萄の実と25年間変わらなかったICFの基準

 

あれは昨日のことだったか、バルコニーからぼんやりと中庭を眺めていると、階下のヤンさん宅の庭(我が家の下のスペース)の西側の棚に伸びる蔓の下に垂れ下がった葡萄の実が葡萄色に変わっていることに気づき、驚いた。「葡萄色の葡萄」というのも不思議な表現だが、垂れ下がる実たちはつい先日まではマスカット色だったのだ。

書斎で日記を書くときには必ずと言っていいほど中庭を眺め、葡萄の成る棚も見ていたはずなのだが、改めて「見ている」と思っていることも随分と適当なものだ。確かによく見るとここ(書斎)から見ても葡萄の実が葡萄色になっていることは分かるのだが、よく見ないと葉っぱでできる影と見分けがつかない。

生い茂る葡萄の葉の一部が赤茶けた色になっていて「はて、葡萄の実が収穫のときを迎える頃に、葡萄の葉は落ちていただろうか」ということを考えたが、よく見ると、葉が赤茶けているあたりの葡萄の実は葡萄色ではなく赤っぽい色になっている。あの色はなんと表現したらいいだろうと日本の伝統色の一覧を見て「今様色(いまよういろ)」という名前が目に留まる。「今様色」というのは「今流行りの色」という意味で、ここで言う「今」とは平安時代の頃を指すようだ。一千年近く前の「今流行り」という表現が現代でも使われているというのはなんだかとても不思議で、同時に、そんな言葉と出会っただけで、自分が大きな時間の流れの中にいるのだという感覚が強くなる。

昨日は昨年更新されたICF(国際コーチング連盟)のコア・コンピテンシーをこれまでのものと比較して読み込み、まとめるという作業に多くの時間を費やした。「費やした」というと何だか「時間をかけてしまった」というニュアンスにもなりそうだが、「内側から湧き上がる好奇心と使命感のようなものに突き動かされ集中していたら時間が経っていた」という感覚だ。

ICFのコア・コンピテンシーはICFがコーチにとって重要な能力水準をまとめたものだが、これまでのものがつくられたのは約25年前。新旧のものを比較するだけでも、この25年間で社会がどのように変化し、その中でコーチおよびコーチングの役割やコーチにとって大切な在り方がどのように変化しているかを読み解くことができる。

今、おそろしいと感じているのは25年間、日本におけるコーチングはほとんど進化してこなかっただろうということだ。ICF”This updated model is an evolution rather than a revolution.”と発表している通り、新しいコア・コンピテンシーはこれまでのものを踏襲しつつさらに進化したものとなっている。重要なのは、これがICFが独自に「こうしていきましょうね」と定めたものではなく、世界中で実践されている様々なスタイルのコーチングに関するリサーチを基に「効果的なコーチングを後押しする能力の基準」としてまとめられたものだということだ。

一方でICFは資格認定の基準として25年前に作成したコア・コンピテンシーを使い続けてきた。ここに、昨今(以前はあまり知らないが)のコーチングに関する違和感が生まれる要因の一つがあるように思う。

例えば新しいコア・コンピテンシーでは「質問」に関する項目が大きく減っている。これについて、様々なツールや道具の開発により、クライアントや他者の成長を支援する方法が質問という手法をすでに大きく超えていると言う背景が紹介されている。また、コーチングの目的に関連するコア・コンピテンシーの大きなカテゴリーの一つも「Facilitating Leaning and Results(学びと結果を促進する)」が「Cultivating Leaning and Growth(学びと成長を育む)」へと変更された。

にも関わらず、今でも「コーチングは目標達成に向けて質問をするもの」と思っている人が非常に多いのではないかと感じている。むしろコーチがそう言い続けているのではないだろうか。

その結果、「企業の中で1o1コーチングという名前の元、面談が設定され、上司が部下に質問をしようとして四苦八苦する」という状況が多く生まれている。

これはもう「コーチングの被害者が出ている」と言っても過言ではないだろう。

質問が悪いわけではない。目標達成指向が悪いわけではない。

ただ、あまりにも狭義なコーチングが広がり、それがむしろ一人一人が本来持っている力や可能性を持っていることを阻害してしまっているのだと思う。

そういえばこの憤りにも近い感覚は、6年前に勤めていたコーチングファームを辞めるときにも感じたものだということを思い出す。当時の私はコーチングに息苦しさを感じ、コーチングから離れるということを選んだ。しかし今は違う。曲がりなりにもコーチングやコーチの育成に携わり、今もコーチとして活動をしている身として、自分たちが社会に広めてきたものを自分たちの手でアップデートしていくのだという決意が生まれている。

現在執筆を進めている対話に関する書籍もきっとその後押しになるだろう。

それぞれの人が一生懸命にやってきている。悪気がある人などいない。

間違っているわけではない。ただ、少しずつずれが出てきていることに気づかないままで来てしまったのだ。

それは自分自身についても言えるだろう。

だからこそ、様々な視点から自分自身や社会を捉え続ける必要があるだろう。

想いの強さはそのままに柔らかな視点で世界を見つめ続けたい。2020.9.13 Sun 11:40 Den Haag