840. レーワルデンへの長い旅

バルコニーに出ると、ミストのような雨が身体を包んだ。この時間、中庭を囲う家々の窓に灯る明かりは驚くほど少ない。先ほどは1ヶ所、今も3ヶ所ほどしか明かりが見えない。中庭を囲む家だけではない。表の通りを挟んだ向かいの家々も6時半までの間にはほとんど明かりが灯っていない。このあたりに住んでいる人たちは随分とゆっくり活動を始めるのだろうか。

これから日の出はどんどんと遅くなる。(すでに遅くなっている。)朝の静かな時間は(そして日中もできるだけ)読書や執筆、芸術活動に取り組みたいという考えがふとわいてきた。それに加えて、ゆったりとした対話の時間を持つことができたら、日々、魂の喜ぶ音が聞こえてきそうだ。それは社会に対する還元もしくは投資にもなるだろう。

一昨日は友人の住んでいるフローニンゲンからさらに西にあるレーワルデンに足を伸ばした。友人には「30分くらいで行けるのではないか」と言ったものの、実際には電車とバスを乗り継いで2時間弱かかり、翌日にオンラインのイベントを控えた友人を無理やり誘わなくて良かったと思った。

最初は、フローニンゲンからハーグに戻るのとは逆の向きの電車に乗れることにちょっとしたワクワク感を感じたものの、その後乗り換えたバスが1時間近く小さな街を巡っていく間は何だか気持ちが悪く、車窓から見える景色をぼんやりと、本当にぼんやりと眺めていた。

ハーグからフローニンゲンに向かう際にも感じたのだが、トラムや電車、バスの中でマスクをしっぱなしというのはとても辛い。日本であればそんなことも言っていられないのだろうし、慣れもあるだろうけれど、欧州に渡って以降、3年くらいは飛行機の中で乾燥防止にマスクをしていたくらいなので、とにかく違和感というか息苦しさが大きくてトラムや電車を降りたらすぐにマスクを外していた。

電車からバスに乗り換える際にホームにあるカードリーダーにICカードのようなものをかざすと、なぜか、乗車の際になる「ピ」という音がした。降車の際には「ピピ」と二度音が鳴るはずだ。おかしいなと思いもう一度カードリーダーにカードをかざすと、今度はエラー音のようなものが鳴り、「すでにチェックインをしています」というような案内の表示が出た。もう一度カードをかざすと、やはり「ピ」と音が鳴り、さらにかざすとエラー音が鳴る。

そこでやっと、フローニンゲン駅でカードをかざしたカードリーダーが長距離列車専用のもので近距離の列車は別のカードリーダーにカードをかざさなければならなかったのだということに気づいた。

フローニンゲンをはじめ、オランダの駅には改札がなくホームに立っているカードリーダーに自分でカードをかざしチェックインとチェックアウトを行うという方式になっていることが多い。チェックインを行なっていないと、電車の中で切符やカードの確認の人がきたときに罰金を請求されるし、チェックアウトを忘れると、長距離電車の場合は、オランダの端から端まで行けるくらいの料金が引き落とされることになる。そんな中、私の持っているビジネスカードの場合、チェックアウトをし忘れた際にも後から経路の登録ができるというメリットがある。おそらく今私のカードの記録はフローニンゲンでチェックインをして、チェックアウトがされていない状態になっているだろうから、それについて実際に使った路線の入力をする必要があるだろう。

そんなこんなで、グダグダになった状態でレーワルデンにたどり着いた。レーワルデンは日本では「だまし絵」で有名なエッシャーの生まれた街だ。そのせいか街中にもだまし絵があるということで、早速レーワルデンの駅前では向かい合った子どもの顔のモニュメントが迎えてくれた。

レーワルデンについての話を書こうかと思っていたが、電車での一件を思い出していたらその話だけでここまで来てしまった。空はすっかり明るくなった。明るくなったが空いっぱいに薄鼠色の雲が広がり、青空は見えない。このあとの予定に向けて、発声を始めることにする。2020.9.8 Tue 7:31 Den Haag

841. 他者との対話の土台、自分と対話をすること

 

先週末から今日にかけてのセッションの振り返り等をクライアントに送り、ひといきついた。ひとりひとりの方との対話の質感や言葉の世界観を思い出しながら言葉にすることはセッションと同じく味わい深く、その分時間もエネルギーもかかる。

心が澄んだ状態で対話の場に身を置くためにも、クライアントにとって効果的となる自分自身の関わりを吟味し、サービスに反映させていくことが必要だろう。

今日はICF(国際コーチング連盟)の認定講座を開講するための手続きや要件についてざっくり確認をした。すでに資格を取ったコーチが資格を継続するために必要な講座の申請をすることはそう難しくはなさそうである。

ICFのコア・コンピテンシーは昨年更新され、コーチがより対話的・共創的な関わりをする存在という位置付けにシフトしている。スキルだけ学んだコーチが自分自身と向き合い、成長を続けていくための取り組みとして、またコーチを仕事にせずとも対話と共に人と在りたい人にとっても後押しとなる講座をつくれることができれば、目標とする日本全体の対話の質を変えていくことにも僅かながらも近くことができるだろう。

対話にも様々なステージがある。自分自身との対話をせずして、他者の考えを受け止めることをしようとすることはひとりひとりが持つ可能性や全体性を発揮することとは逆の方向に力をかけることになるだろう。

現在、コーチングセッションに加えて、セフルコーチングを身につけるコースを提供しているが、セルフコーチングとはまさに自分自身との対話のことであり、自分自身との対話を行うことからはじめると、いきなり他者との対話に目を向けるよりも対話の土台がしっかりとしたものになると感じている。

自己の欲求を自分自身で受け止めることができてこそ、他者との対話に静かな心で向き合うことができるのだ。


ICF
では資格の継続要件として3年間で40時間のトレーニングを受けることが必須となっているが、日本のトレーニング機関で発行されている資格は、一度取ってしまえばそれをずっと保持できるというものも多い。

もちろんコーチングは実践の中でこそ磨かれ、深められていくが、新たな取り組みの可能性はないか、視野狭窄に陥っていないかなど、コーチは常に自分に建設的な批判の目を向ける必要があるだろう。コーチングの多くは密室(11)で行われる。これはある意味とても危険なことだ。

トレーニングを続けたりメンターコーチをつけたりすること、もしくはコーチが自分自身の意識の成長に向き合い続けることはコーチという職業を続けるにあたって本当に大切なことだと感じる。3年、5年、10年と続けていくうちに自己研鑽を続けているコーチとそうでないコーチの差は顕著なものとなっていくだろう。

今日はさらに、「関係療法と意識のテクノロジー」の講座の聴講を続けた。多くの驚きや学びがあるが、これはもう少し自分の中で整理して言葉にしていきたい。

今の時点で特に印象に残っているのは「夢の意味を考えていると、ドリーミング(非二元的な体験)には辿り着けない」という言葉だ。これは「夢の意味を考える」という時点で、「夢」と「夢の意味について考えている自分」が生まれているという話だったように思う。

今回の講座のテーマはざっくり言うと「クライアントの無意識にアクセスするのはセラピストの無意識であり、それをどうやって起こすのか」という話なのだと今のところ理解している。ドリーミングというのが、無意識あるいは変性意識状態であり、そこでは時空のゆがみが起こるというそんな前提で話が展開されている。

このあたりは体験として実感があることだが、意識のテクノロジー(メカニズム)を学ぶことによって、意識的に再現可能なものとしていきたい。


明日はここ二日間よりも少しスケジュールに余裕がある。週末に訪れたフローニンゲンでの時間、そしてレーワルデンでの時間について振り返りたい。2020.9.8 Tue 20:34 Den Haag