837. フローニンゲンへの旅

洗い物と拭き掃除を終え、書斎の小さな机の前に座った。旅に出る前には必ず家の掃除をする。小綺麗に片付いた家は、そこから出かけていくのも、帰ってくるのも気持ちがいい。旅に出るときはまだ見ぬ景色に出会うワクワクした気持ちがあり、帰ってくると「この家が大好きだなあ」と必ず思う。

そんな感覚を感じるのも久しぶりだ。欧州で暮らしてきた3年間のうちはじめの2年間はパートナーとともに1,2ヶ月に一度は泊りがけで様々な場所に出かけていたが、昨年の秋に彼が日本に戻ってからは一人で旅行に出かけることはなかった。はじめの2年間の中でも一人で旅に出たのは2度ほどだったように思う。

一度目はベルリンとコペンハーゲンに行ったときだろうか。冬の時期だったためか、コペンハーゲンの空は何だか暗くて、中心部から少し離れた街は思ったより寂しい印象だった。それでも郊外にあるアリゾナ美術館という場所は海の見えるロケーションとゆったりした空間の、とても気持がいい場所だった。

二度目はハーグとブリュッセルに行ったときだったろうか。そのときはずっとバスの旅だった。ハーグでは海の近くの安宿に泊まり、共同トイレの個室のドアノブが取れて、薄暗いトイレの中で数十分間(もしかしたら数分間だったのかもしれないが)ドアノブと格闘した。ハーグからブリュッセルに行くときにとおりかかったアントワープの街で目にしたユダヤ正教の礼服を来た男性たちの姿に何だかとてもワクワクして、アントワープはその後ハーグから何度も足を運ぶ街となった。

そして、欧州に来て初めて車で遠出をして訪れた街がフローニンゲンだった。と、今、フローニンゲンは珍しく一人で訪れたことがある場所の一つだという記憶が蘇ってきた。あれはいつのことだっただろう。今回と同じく友人を訪ね、半日ずっとカフェで話をしていた。その後、ちょうど一年ほど前に再びパートナーとフローニンゲンを訪れ、そのときは友人と三人でボルダリングをしたのだった。

こうして考えるとフローニンゲンを訪れるのは四度目ということになる。たいてい、何も考えずに友人の指し示す方向に向かうのでいまだに街の中の建物の位置関係が分かっていないが、今回はフローニンゲンにあるホテルに滞在するので、いつもよりはずっと街の様子が分かるだろう。明日の朝は天気が良ければフローニンゲンの街を散歩できればと思っている。

長距離電車に乗るのも約8ヶ月ぶり。どんな景色が見えるだろうか。何を感じるだろうか。

旅が始まるということは旅の終わりが始まるということでもある。

そう思うとすでに、寂しい気持ちさえ起こり始めている。始まってもいないのにおかしなものだ。

やってくる未来を憂うことにどれだけの意味があるだろうか。

今ここにある時間を味わうこと以上に大切なことなどあるだろうか。

旅は続いていく。

ジャズセッションのような、あるいはダンスのような時間が、もうすでに始まっている。2020.9.5 Sat 8:27 Den Haag