833. これから10年の生き方、試験の受験申請を終えて

呼吸をし、祈りの言葉を唱えている間にだんだんと空が白んできた。先ほどバルコニーに出たときに見えた東の空に輝く星は、空が明るくなるのとともに、相対的に霞んで行っている。あの星も間も無く、明るくなった空に溶けていくだろう。なくなるわけではない。見えなくなるだけだ。それでも私は1日、そこにその星は「無いもの」として1日を過ごすだろう。

そう思うと今、この空は「満天の星空」なのかもしれない。「見えている」と思っているものは、世界の半分にも満たないだろう。「聞こえている」と思っているものも同じだ。

静けさの中に心を澄ます。

湧き上がってくるものを味わってみる。

9月に入り、心も身体もだいぶ軽やかになった。この半年間準備をしてきた国際コーチ連盟の資格取得に向けた、日本のトレーニング機関での修了認定を受けるための受験申請が昨日始まり、無事必要書類を全て提出した。あとは問い合わせをしている受験料に関する回答を待ち、支払いをするだけだ。

ひと段落であるが、「ここから」という感じである。

来年で、コーチングを学び、実践し、最初の資格を取って10年目ということになる。その間、コーチング・ファームで仕事をしていた時期もあれば、コーチングからは完全に離れていた時期もある。企業向けのコーチングに諦めを感じたこともある。自分が「プロのコーチである」と心の深いところから思えるようになったのはここ1年くらいのことだろうか。それには「何でも扱えるコーチ」ではなく、自分自身の専門領域を定め、それをさらに深めたことが大きかっただろう。ここからそれを体系化し、さらに壊していく。長い道のりになりそうだ。

今はより共創的な対話に関心が強く向いており、世の中においては「コーチング」よりも「対話」が広がればいいと思っている。どちらがコーチ、どちらがクライアントではなく、共に学び合うような関係とも言える。そうなるためにも、プロのコーチというのは必要なのだと思う。対話すること、共に学ぶことにコミットし、今ここに共に居続ける。それは特に忙しい現代社会において、「何となく」では難しいことなのだ。

共にする時間は一瞬かもしれない。交わす言葉は一言かもしれない。それでもその短い時間で何かが花開けば、その人はその後出会う人たちとたくさんの対話を交わすことになるだろう。たくさんの花が咲くことを後押しすることになるだろう。だから、その一瞬に命を込められるように、日々、静かな時間を過ごすのだ。

以前、中国茶の先生に「お稽古の前に何か特別な支度をしているか」と訪ねたことがあった。そのときの正確な言葉は忘れたが「私は二十年以上お茶と毎日向き合っている。だからお稽古の前だからと言って特別なことはしない」といったような言葉が返ってきて衝撃を受けたことを今でも覚えている。それは「茶人として生きる」ということだったのだと思う。

職業かどうかではない。プロと呼ばれるかどうかではない。自分が「そういう人として生きるかどうか」なのだ。

「対話をする人として生きる」「その人の持つ魂の輝きに目を向ける人として生きる」「言葉にならないものに心を澄まして生きる」これからの10年間でそれが自分の「生き方」になっていたらいいなと今は思っている。2020.9.2 Wed 7:09 Den Haag