798. ルーワーデン訪問

「高温注意報が出ていたけれど、今日は涼しい1日になるだろうか」

そう思ったのも束の間だった。重なり合う雲の向こうからぼんやりと差していた陽の光はどんどん強くなっている。中庭の木々や草花に強い陰影が生まれる。

今日もきっと暑い1日になるだろう。

昨晩、日記を書いている途中で先日行ったインタビューの雰囲気を紹介する短い動画を作成したことで日記は途中で終えることになったが、その前には、9月にフローニンゲンを訪問する際にオランダ北部の他の街にも足を運んでみようかということを考えていた。

フローニンゲンで会うことになっている友人が、日記の中でフリースランド州に関すること、ルーワーデンに関することを触れていたのを読んだことがきっかけだ。ルーワーデンという地名をどこかで聞いたことがあったと思って調べてみると、版画家のエッシャーの出身地であるということが分かった。

エッシャーは日本では「だまし絵」というジャンルで知られており、子ども向けのようなイメージもあるが(少なくとも私にはそういうイメージがあった)ハーグにあるエッシャー美術館に行って、そのイメージが大きく変わった。図柄や構図は緻密に計算・構成されており、数学的な芸術と呼んでも過言ではない。そして近未来的な不思議な絵だけでなく、実は動物や植物といった自然をモチーフにしたものも多いというのも驚きだった。

エッシャーは4歳くらいでオランダ中部の都市であるアルンヘムに引っ越し、13歳まで土木技術について学んでいたということだが、幼い頃に見ていた景色・触れていた空気はおそらくエッシャーの自然観に何らかの影響を与えているだろう。

また、地図で見る限りだが、ルーワーデンは星型の水路を持つ要塞都市のようだ。ハーグの隣町のライデンにも同様の地形が見られることから、オランダの伝統的な街の一つであり、現在もオランダならではの雰囲気を楽しむことができる観光地になっていることが予想される。

観光地と言ってもオランダの観光地はアムステルダムを除いて、日本に比べると随分とゆったりしている。夏は運河沿いのカフェのオープンテラスの席が広くつくられ、老若男女(どちらかというと年配の人たち)がのんびりと飲み物を飲んでいたりする。

さらに、ルーワーデンの西側に進むとテッセル島がある。テッセル島はオランダ人がバカンスで過ごす定番の場所の一つで、何もせずに過ごす(何かするとしたら自転車に乗るくらい)だということをオランダ人の知人から聞いたことがある。

そうするとせっかくなので、そのならびにある、フリーラント島やテルスヘリング島にも行ってみたいという気になってくる。もしかしたら何もない島かもしれないが、それであればなおさら、何もない中で過ごすというのもいいだろう。まずは、宿泊をできるような場所があるか確認をしてみたい。

フローニンゲンとルーワーデン、もしくはどこかの島に一泊してハーグに帰ってくるという日程を組めばそれぞれの場所でゆったりと過ごすことができるだろうか。ハーグからだとオランダ北部に行くのに片道3時間ほどかかり、日帰りだと現地に滞在できる時間が限られてしまうためせっかくだからいくつかの場所を訪れるのもいいだろう。

せっかくなのでフローニンゲンで会う友人にも声をかけてみよう。友人は秋に日本訪問の予定があることもあり、遠出はしばらくはしないだろうけれど、隣町くらいまでは出かけるということもあるかもしれない。と、友人の日記を読み返すと、年末をフリースランド州で過ごすことを検討しているようなので、そうするとそれまで訪問は取っておくのかもしれないという気もしてくる。

いずれにしろ、フローニンゲンにゆったりと滞在することができるのであれば、早めにそのことだけでも知らせておくのが良いだろう。スケジュールと宿のあたりをつけ、友人に連絡を入れることにする。

気づけば、久しぶりに旅行の計画を立てることになり楽しみな気持ちになっている自分がいる。9月の上旬には少しは暑さがやわらいでいるだろうか。

それまでの間に書籍の原稿の執筆やその他のことをすすめ、少し遅い夏休みということにしようか。昨日までは「この一週間は夏休みということでゆるゆる過ごそう」と思っていたが、9月のスケジュールを考えるとがぜんやる気が出てきた。この暑さの中思考が働くかという懸念はあるが、水分補給をしっかりしつつ、できることを積み重ねていきたい。2020.8.10 Mon 9:08 Den Haag

799. 音のないオランダの夏

「夏の風物詩」という言葉が浮かんでくる。

オランダの暮らしにおける「夏の風物詩」とはどんなものになるのだろう。「風物詩」というのはそれこそ風流な趣のある言葉だ。もともと季節の事柄や感動を詠った詩であり、詩とは、人が自然やものごとから受けた感動をリズムに合わせて言葉で表現したものなのだという。知るほどに言葉の美しさを味わいたくなる。

夏に感じることを詠った詩そのものを表していたものが、いつしか詠われる対象を表すようになったのが、風物詩ということになるだろうか。

思い返してみると、日本には季節の音というのがある。音を表すオノマトペも多く、それが日本語を母語とする人以外には面白く聞こえるようだ。手元に置いている本の一つ、森下典子さんの『日日是好日』の中の、お茶のお稽古を続ける中で、季節によって雨音が違うということに気づくという箇所は大好きなシーンの一つだ。

セミの声を「声」と感じるのも、日本人独特の感覚だという。

かくいう私も、無意識の中で、音を通じて季節を味わってきた。

そのことに、音がなくなって気づく。

四季があるということは、多様な音があるということなのだ。

しかし、それが今では、人工的・電気的な音が空間を埋め尽くしている。

静けさがこれほど価値になっている時代はあっただろうか。

静かな心がこれほど重要になっている時代はあっただろうか。

そんな風に思うのは、自分自身が、静けさと騒がしさの中に交互に身を置いているからだろう。状況としてのカオスから生まれるものはあるが、音としてのカオスは人の心に平和をもたらすことはないのではないかと思っている。

静けさの中に浮かんでくるものを、今日のこのあとの時間も味わっていたい。2020.8.10 Mon 18:37 Den Haag

800. 久しぶりの小旅行に向けて

今日は朝、日記を書き終えた後、早速フローニンゲンのホテルを調べ、予約をした。訪問予定の95日はフローニンゲン中心部のホテルの空きはすでに少なかったため、中心部のエリアの端にある、これまで欧州内で何度か滞在をしたことのある系列のホテルを選んだ。せっかくなので趣がある場所か、もしくは自然の近くがいいかとも思ったが、日が長い中で夜まで街を散策しても危険がないよう、そして何より、ある程度の快適さが確実に保てるであろうという基準で決定をした。


フローニンゲンに滞在した翌日には隣町にあたる(であろう)レーワーデンに立ち寄って帰ろうと思っている。現在は美術館等が予約制になっているところもあるようなので、明日以降、改めて状況を確認し、必要に応じて予約をしたい。フローニンゲンで訪れる予定にしているForum Groningenは開催されているエキシビジョン等をのぞいては予約制ではないようだ。

欧州に来てすぐにフローニンゲンに滞在してからもう3年以上が過ぎていることになる。毎回、友人と話をしてあっという間に時間が過ぎ、街の様子はあまり分かっていないのだが、最初に訪れたときから、落ち着きがありながらも活気があり、フローニンゲンにはとても良い印象を持っている。6月までコートを着る寒さだったという話を聞いたことがあるので、冬の寒さは厳しいのだと想像しているが、オランダの住宅は冬でもしっかりとあたたかい(少なくとも我が家はあたたかい)ことから、年間を通すと、きっととても過ごしやすいだろう。

今朝の時点では、レーワーデンからさらに西に向かい、テッセル島などにも足を運ぶことを考えたが、交通のつながりがあまり良くないようで、今回はレーワーデンからハーグに戻ることにした。

宿泊数が多くなるとその分荷物も多くなってしまう。今回は、最小限の身物で身軽に動きたい。パソコンもバッテリーの調子が悪く、コンセントをつないでいないと10分もせずに電源が落ちてしまうので移動中の電車の中で使うのも難しいだろう。旅には、ひとまず身体と心があれば十分だ。今回は旅先に友人がいるということで、これ以上の楽しみはないだろう。

思い返すと、欧州・オランダ内で日帰り以外の一人旅をするのも久しぶりだ。

遠出するとスマートフォンのバッテリーの減りが恐ろしく早くなることだけが気がかりだ。スマートフォン用のモバイルバッテリーがあったほうが良いだろうか。

今後、遠出をすることはさほどないだろうけれど、以前、アムステルダムのさらに北のエリアまで行ったときに、帰路につく前にスマートフォンの充電が切れてしまい、交通手段を調べるのに苦労したことがあることから、モバイルバッテリーの購入を検討してもいいかもしれない。

それとは全く別の話だが、ここ数日、左目の瞼の端が痙攣することがあったが、今日はそれが断続的に続いており気になっている。ストレスや自律神経の乱れが原因で、40代の女性に多くみられるということで40代が近づいている中で起こるべくして起こっている症状なのだろうか。

暑くなり、睡眠の質が下がっているということはあるだろう。

食事と睡眠、基本的な生活のリズムを守りつつ、今取り組んでいるいくつかのことも進めていきたい。2020.8.10 Mon 20:05 Den Haag