789. 住人たちのいない家で


心なしか表の通りを通るトラムの音が少なく聞こえるのは、オランダがバカンスシーズンに入っているからだろうか。

気づけば、上の階からの生活音もしばらく聞こえてきていない。下の階に住むヤンさんはもともとあまり家にいない。この家に暮らすのは今は私だけだ。

来週は日本がお盆期間にあたるためか、気づけば予定がいつもよりも少なかったため私もゆっくりと過ごせそうだ。できればそこで書籍の執筆を一気に進めたい。月末近くにハーグのビーチでビーチヨガのクラスを開催するというお知らせを昨日目にした。家から自転車で15分もかからずに行けるところなので足を運んでもいいかもしれない。できればオランダ人の友達と参加したら楽しそうだなどということを想像するが、残念ながらまだそんなオランダ人の友達というのはいない。いかんせん、外出が少ないものだから人と知り合う機会もほとんどない。

昨晩、もう少し外に出ていこうかという考えが浮かんでいた。日本にいるパートナーとはもう半年以上会っておらず、その間、話をする機会も数えるほどだ。話をすることが全てではないが、私の中では喜びをともにしたり、美しいものを見ることをともにしたいという欲求があるが物理的に離れている今、残念ながらそれは叶わない。ただ、彼の感性や考え方については素敵だなあと思うところがたくさんあり、これからはプロジェクトなどに取り組むパートナーになっていくのがいいのではと思っている。そもそも、私はオランダでの暮らしをいたく気に入っているが、彼にとっても良い環境なのかどうかは分からない。暮らしの場を共にしないパートナーシップというのもあるが、私がこれからつくっていきたいのは実生活を共にする、もしくは暮らしが近くにあるようなパートナーシップだ。

このことについてはすでに彼に伝えてあり、私自身も「パートナーである」という考えを持ち続ける期限を決めているため、いずれ答えを出すことになるだろう。

相手に対して誠実でありたいという想いと同時に、自分に対しても誠実でありたいという想いもある。

例えば、惰性で続ける結婚生活などというものは私の中でとても違和感があるものだ。そういう意味で、オランダをはじめとした欧州におけるパートナーシップの在り方(と言ってもそれは国によっても人によっても様々だが)というのはしっくりくるものがある。

とは言え、人に特別な好意を抱くというのは、自然な流れの上に起こることなので、日々、務めを果たすこと、魂が喜ぶことに取り組むことを続けたい。2020.8.5 Wed 7:23 Den Haag

 

790. 読まれることに向けた言葉を書くプロセス

カモメが鳴いているなあと思いながら空を見上げたら、随分とたくさんのカモメが空を待っていて思わずのけぞりそうになった。

同じ形のものがたくさん並んでいるのは苦手だ。これはk確か「何とか恐怖症」という名前がついていたが、その名前を調べようとすると、必然的に同じものがたくさん並んだ写真を目にすることになるので、今名前を調べるのはやめておく。

いつもならこの時間に夕食を摂り始める頃なのだが、今日は先に日記を書くことにした。そんなに重いものを食べるわけではないものの、食事の後はぼーっとしてしまう。そしてさらに日記を書く流れで始めることがあると、パソコンを閉じる時間が遅くなってしまう。

遅くまで作業をしているとその分、寝つきが悪くなってしまうし、何より、文章を書いていくにあたって、その材料となるものを蓄積したり、自分の中で構造化をしたりする必要がある。すでに構造化されているもの、もしくは日記のように徒然と書いて問題ないものはすらすらと書いていくことができるが、構造化や整理がされていないものは、筆の進みが遅くなる。遅々として進まないことで、それが自分の中でまだ整理されていないのだということに気づくことも多い。

そんなわけで今日は、日記を書いて、食事を摂り、その後はパソコンを開かないようにしようと思い立ったそばから、一つ明日の準備でやり残していることがあったことに気づく。少しおなかはすいてきているが、食事の後だとやはり作業を終える時間が遅くなってしまいそうなので、ここは先に取り組もう。

というわけで日記は早々に切り上げた方がいいかという気がしてきているが、今日、一つ書き留めておきたいことは、私が文章を書くプロセスについてである。普段、対話や人の意識に関することをウェブサイトやnoteに掲載しているが、時折スイッチが入ったように文章を書き連ね続けるということが起こる。まずはあるテーマについてざっくりとまとめようと思ったときは2,500文字から4,000文字くらい、熱が入ってさらに深めたときは8,000文字くらいを1時間から半日くらいで書いている。(これを連日続ければ1ヶ月あれば12万文字の原稿が書けることになるが、そうもいかないところが悩ましい。)

そのとき、実は先に文章に差し込むためのビジュアルイメージを作っている。完成までの流れとしては、大枠のテーマが思い浮かび、構成の流れが浮かび、ビジュアルイメージの流れが浮かび、それを一旦仮で作成し、それに合わせて文章を作成、最後にもう一度ビジュアルイメージを調整するという感じだ。ビジュアルイメージは20枚以上になっていることもあり、ざっくり、250文字に1枚はビジュアルイメージを挟んでいることになる。

私の中で、少なくとも人に何かを説明するための文章というのはビジュアルイメージとセットなのだ。ということに気づき、書籍の執筆についてもざっくりでも、そして使用せずともまずはビジュアルイメージを作成し、それを元に文章を作成していくのが良いのではということが浮かんでいる。

ただ、多少凝り性なところがあるので、ビジュアルイメージを作成し始めるとそれに没頭してしまうというところは注意が必要だ。ある意味、その間は、文章を書くことからの逃避が起こっているとも言える。しかし、ビジュアルイメージを良い感じに仕上げることができたら、そこに対してより良い文書をつけようという気が湧いてくることは間違いない。

早速今日から、今書こうとしている内容の部分の構造を示すスケッチのようなものを描くことを進めたい。前日に書いたスケッチを元に、翌日文章を書き、その日の夕方にはまたスケッチを描くというリズムをつくることができたら執筆が進みそうだ。

こうして書いている間にさらにお腹が空いてきた。明日の準備に向けて少し作業をし、その後はパソコンを閉じて過ごしたい。2020.8.5 Wed 17:22 Den Haag