783. 新しい歳の1日目を振り返って


雨が降る前には冷たい風が吹く。

昨日、美容師さんとそんな話をしたことを思い出した。

バタバタという音とともに強い雨が降り始め、あっという間に世界はずぶ濡れになった。

昨日が今日のような天気だったら、昨日体験したような素晴らしい時間はきっと過ごせなかっただろう。

昨日はお昼頃にセッションを終え、街の中心部に出かけた。
誕生日の日に髪を切ること、その前に日本食やさんで食事をすることを決めたのは2週間ほど前のことだった。

2年前の82日はドイツで過ごす最後の日だった。
大切な人に祝ってもらう最後の日。嬉しさとさびしさがないまぜになった日。

そして翌日、わたしは一人、オランダに向かった。

そのときにわたしはやっと、本当の意味での「異国での暮らし」を始めたのだと思う。

お気に入りのワンピースを着てカーディガンを羽織り、中心部へ向かう。
雑草の茂ったトラムの線路の上を歩き、去年我が家に滞在した大学生が一緒に散歩に出かけたときに「ジブリみたい!」と声をあげたことを思い出す。

街の中心部までは、いくつかの商店街を通り抜け運河沿いを歩いて行くことができる。家の立地というのも大事だが、同時に、周辺に気持ちの良い散歩道があるかどうかも私にとってとても大事な要素だ。そう思うと、全くもって選択肢がなかったなかで入居することができた現在の我が家とは、奇跡の出会いをしているのだとさえ思う。

街の中心部に近く。そこそこ車の往来があるエリアに来てもなお、歩行者が道路を横断するのに、信号がなく横断歩道のみが書かれている場所がある。オランダに来てしばらくはそんな場所でも車を優先しようと横断歩道に踏み出すことを躊躇してしまっていたが、減速をし、笑顔で「どうぞ」と手を差し出す運転手に繰り返し繰り返し出会い、信号がなくても「横断歩道を堂々と渡っていいんだ」と思えるようになった。それでも、そんな場面で交わされている小さなコミュニケーションが私は大好きで、今では横断歩道を渡るときに車が来ているときに楽しみを感じるほどだ。

食事をしようと向かったのは、街の中心部の、観光名所にもなっている教会の横にある日本食のお店だった。夜はレストランになる場所を、週末のランチタイムだけ間借りしているという。

屋外に置かれた席では、前回、数週間前に冷やし中華を食べたときに話をしたスタッフの女性が二人組みのお客さんと話をしていた。

「こんにちは」と声をかけてくれ「ちょっとだけ日本語がしゃべれます」というその口ぶりから、しゃべれるのがちょっとだけではないということがすぐに分かった。私が知る限り、日本語を学んでいる人は物腰まで日本人っぽくなることが多いように思うが、「ちょっとだけ」という謙遜の言葉をつけるのもその流れだろうか。それとももともと、そういう気質を持っていた人が、日本の文化や日本語を好きになりやすいのだろうか。

日本語を話す男性は、日本人の血が入っているという。一緒にいる女性はイタリアから来てオランダに住んでいるということだが、やはり日本語が堪能だった。ライデン大学の日本語学科で日本語を1年学んだところだというが、1年間の学習でそこまでしゃべれるようになるというのは驚きである。(ちなみにライデン大学の日本語学科を卒業した学生は日本語がほぼぺらぺらになっている。オランダの語学教育には何か特殊なメソッドのようなものがあるのだろうか、それとも日本の外国語教育がよっぽど実用的でないのだろうか。)

男性が持っていたサッカーのユニフォームを見せ、「これが自分の名前だ」と言った。そこに書かれていた「NAGAOKA」という文字を見て、「日本に長岡という町があって、そこは、日本でも有数の、美しい花火を見ることができる花火大会が開催される場所だ。京都のように、昔、都があったこともある」ということを伝えた。男性もNAGAOKAという町があることは知っていたようだが、花火大会のことは知らなかったようで、顔をほころばせた。

ハーグが静かで好きだと話すと「ここが静かだと感じるの?」と驚かれた。彼らは、ハーグの人たちは日本人よりも話しをする声が高いように聞こえるという。その場では、日本はそもそも色々な音がするから人の声が聞こえづらいのだろうということを話したが、今改めて考えてみると、日本人の発声というのもオランダ人、とくにオランダの都会の人たちとは違うのだろうという気がしてくる。(私にとってハーグは都会ではないのだが、他のオランダの街に比べると随分と都会なのだろう。)日本人の控えめな話し方やそれと連動した発声が、オランダの人にとっては落ち着いたものに聞こえるのかもしれない。

そんなことを考えているうちに注文したカレーがやってきて、それとほぼ同時に近くの席に日本人の男性がやってきたのでせっかくなら一緒に座りませんかと声をかけ、今度は日本人の男性との話が始まった。

その店では数週間前に冷やし中華を食べたことがあり、それはとても美味しかったのだが、その美味しさを伝える相手がおらず、「美味しいものは人と一緒に食べると、より美味しく、楽しくなる」という考えがあったことに加えて、電車の中や道端でも人に気軽に声を掛けるオランダの人々の気質が、私のもともと持っている気質を開花させているのだろう。知らない人に声をかけるというのにもはや全く抵抗がない。「大阪のおばちゃん」の気持ちが、今ならよく分かるように思う。

聞くと男性はデルフト工科大学の博士課程に所属しているという。企業からの派遣のような形で今年の2月にオランダにやってきたが、すぐに学校が休みになってしまったそうだ。地盤に関する研究を行なっているようで、私も大学のときに都市工学を先行していたことから、大学卒業以来、ほとんど出会うことのなかったジャンルの研究者との偶然の出会いが嬉しく、ついつい根掘り葉掘り色々なことを聞いてしまった。思い返すと、随分と馴れ馴れしかったように思うが、それもオランダ式ということにしておこう。

カレーはもちろんのこと、誕生日のお祝いにとサービスで出してもらったチーズケーキが飛び上がるほどに美味しく、チーズケーキを食べ始めた前半は「これをここで作っているのかなあ。すごいなあすごいなあ」とつぶやいていたものの、後半は黙々と食べた。本当に美味しいものに出会ったとき、人は言葉を失うのだろう。言葉では表現できないものに出会うというのは何と幸せなことだろう。言葉では表現できないこと、伝えられないことがあるからこそ、大切な人とは体験を共にしたいと改めて思った。

食事を終え、店の女性と一緒に食事をした男性にお礼を伝え、美容院に向かった。途中、ハーグの観光名所の一つであり、オランダの政治の始まりの場所とも言われる場所を通りかかると、そこにある景色がこれまた美しく、日本から人がやってこられなくなってしまったことを本当に残念に思った。2020.8.3 Mon 9:13 Den Haag

 

784. 美容師に必要な力からの学び、資格取得のための学びになっていないか

美容院は訪れるのが二度目の場所だった。これまで二度ほどオランダの、現地の人がやっている美容室に足を運んだことがあったが、残念ながら「こけし」もしくは「マッシュルーム」のようなスタイルになることを避けられず(アジア人の髪の毛は本当に扱いづらいのだろう。そんな中むしろ、いつもよく切ってくれたなあと思うくらいだ)前回初めて日系の美容室に足を運んだが、毛量が多く癖毛でもある私の髪の毛の特性を生かすようなカットにしてくれたため、今回も同じ美容室に行くことにした。前回も満足だったのだが、他の美容師さんのカットも体験してみたかったため、あえて指名はせずに予約を入れたところ、今回は前回とは違った美容師さんだった。

カットをしてもらいながら教えてもらった美容業界の話がとても興味深かったのでここに記しておきたい。

まずは美容師に必要な力とは何かという話。
私はてっきり、美容師はカットをはじめとした「技術」がその腕の大半を決めるのかと思っていたが、話を聞くと、どうやらそうではないということが分かった。

例えばお客さんが「こんな髪型にしたい」と写真を持ってきたとき。それが、全体のシルエットや雰囲気のことを言っているのか、毛先のおさまりのことを言っているのか、スタイリングのことを言っているのか、それとも前髪のことを言っているのか、人によって実は指していることが様々なので、それを確認する必要があるという。そして、その人の頭の形や髪質に対してはどうするのが適切かを提案やすり合わせをしていくというのだ。

確かに私の場合も、癖毛でかつ、髪のスタイリングには手間も時間もほとんどかけないということから、写真と同じようにカットしたからと言って、写真と同じような仕上がりになるということはほぼない。それが分かっているので今回は気になるポイントや希望を口頭で伝えたのだが、そうしたところ美容師さんはいくつかの写真を見せてくれ、「後ろ側がここまで短くなっても問題はないか」など細かい確認をしてくれて、その上で、安心路線でいくのか、少しチャレンンジをする路線でいくのかというところまで聞いてくれた。

そのやりとり思い返しながら、どれだけカットの技術が素晴らしくてもお客さんが満足しなければ十分な仕事をしたとは言えないという、決まったものをつくるのではなく人間を相手にしているからならではの仕事の難しさであり醍醐味のようなものがあるのだということが浮かんでいる。

美容師はカットの技術と同じくらいお客さんと対話をする力が大事だというのを感じ、それは美容師になるための専門学校で学ぶのかと訪ねたところ、これまた興味深い話を聞くことができた。

私は美容師の資格や学校について全く知識がなかったためとても新鮮だったのだが、美容専門学校では、美容師の国家資格に合格するための技術しか学ばず、かつ、美容師の国家資格の合格に必要なのは、実際に人の髪を切るための必要な技術とは全く違う技術なのだという。全く違うと言うと語弊があるかもしれない。均質に作られた人形の髪を「こんな髪型誰もしないよね」と思うような髪型に切るための技術を学ぶ、と言った方がまだ近いだろうか。それは、誰もしない髪型だけども、できているかできていないか採点や判断がしやすい髪型だということだ。だから美容師の国家資格を得て美容院に就職したとしてもすぐに人の髪が切れるわけではなく、むしろそこから実質的な学びが始まるというのだ。

この、資格試験において起こっていることというのは、美容師の試験に限らず多くのことに言えるだろう。例えばコーチングでもICF(国際コーチ連盟)の資格を受験するために、日本のコーチ育成期間のトレーニングの卒業試験のようなものを受けなければならないが、その基準となっているチェック項目を(ICFの基準でもあるのだが)1回のセッションで全部満たそうとすると、それこそコーチングが均質化された工業製品のようになってしまう。少なくとも、部分点の総和ではコーチングの本質を評価することはできないのではないかと私自身は感じている。(総合点のような採点基準があるのかどうかは今のところ分からない。)

認定試験のためにはセッションの録音を提出する必要があるが、実際のクライアントではなく、コーチ仲間同士でセッションを行い、それを提出するというコーチもいるという話を聞いて驚いたことを思い出す。資格試験を受けるためには、その資格の上位の資格を持ったメンターコーチからの指導やフィードバックを受けることも必要となるが、メンターコーチが「資格受験のためのコーチング」の指導をしているとすると、そんな馬鹿げたことがあるだろうか。

資格は看板の一つのようなものであり、クライアントに信頼してもらうためには必ずしも無駄ではなく、むしろその看板を掲げた先にコーチ側としても自分らしく自由にコーチングができるという道が広がっているということも理解しているが、それこそ、だからこそ、美容師のように「資格を取っただけで仕事ができるわけではない」ということをコーチングを学ぶ人や資格を取ろうとしている人は予めもっと知っておく必要があるだろう。かつ、自分が何に対して時間とお金の投資をしているのかを認識するのは最も重要なポイントだ。全てのトレーニングや資格が意味のないものだとは言わないが、そこで本当に大切なことを学ぶことができるのか、少なくとも知識の習得ではなく、実体験が生まれるのかというのは注意深く見つめたいところだ。

美容師の場合、美容院に入ってから実務的な学びがはじまり、アシスタントからスタイリスト(カットができる人)になるのに一年から二年くらいは時間がかかるという。人はひとりひとり頭の形も髪質も全く違うため、アシスタントの間はお金をいただかず、いろいろな人の髪の毛をカットさせてもらい、実際に人の髪の毛を切れるようになっていくそうだ。(若い美容師さんがカットモデルを探すはそのためで、カットモデルを探すことが一番苦労をすることらしい。)

中には八年続けたけれどカットをさせてもらえるようにならず、辞めていった人もいるという話を聞き、美容師の仕事はやはりカット技術の習得だけではできないものなのだということを感じた。

例えば、雑談でお客さんを楽しませることができたとしても、その人が本当に持っている欲求や要望を引き出すことができなければ、プロとしてカットをするのは難しいだろう。それに気づかず表面的な会話術のようなものだけ学び実践していてもいつまで経っても美容師として本当に必要な会話はできるようにはならないに違いない。

それにしても「ひとりひとり全く違うのだ」ということを仕事を始める入り口の段階で物理的に痛いほど実感をすることができるというのはとても大切なことのように思う。

一方で、多くの場合、人と関わりのある仕事に就く場合であっても、知識や理論を膨大に学ぶところからスタートするということが多いのではないだろうか。そのプロセスで「人はこういうものだ」と思い込むようになり、実際に人間を相手にするようになってからも「なぜ上手くいかないのか」が分からない。そんなことが起こらぬよう、「専門教育」なるものに、生身の人間と向き合うことの難しさを学ぶ機会が多く含まれていることを願う。

今回、美容師になるプロセスについて教えていただくことを通じて、専門家としての成長・発達およびその支援に関して本当に多くの学びがあった。

何よりも感じたのは、ある一定以上のレベルのプロフェッショナルというのは独自の体験に基づく持論が形成されており、かつそれが独自の体験と自分自身のものの考え方から来るものだということを認識しているということだ。

それはきっと、何かを乗り越えようとして、色々なものを観察し、自分自身で考え抜いた結果なのだろう。それがさらにオランダという日本とはまた違った環境に身を置くことにより更新されていく。

そんな経験のプロセスにいる方に切ってもらった新しい髪型にとても満足している。髪を伸ばそうかと迷っていたが、今の髪質はやはり短い髪の毛で大いに活かされるのだということを実感し、これからもショートヘアーでいこうという気になっている。次回もぜひ、同じ美容師さんにカットをお願いしたい。2020.8.3 Mon 10:15 Den Haag

 

785. 美意識について

 

そうだ、もう一つ、書き留めておきたいことがあった。それは美意識についての話だ。
オランダの美容室で髪を切ってもらったときの話をしたときに、「美意識の違いから来るのでは」ということを美容師さんが口にした。

どんなにお客さんにそうしてくれと言われても、自分が美しいと思えなかったら、言われた通りにすることをできないというのだ。できないというのは、大きな心理的抵抗が生まれるということを意味している。お客さんが満足したとしても、プロとしてお金をもらうことに自分自身の納得感がないというのだ。

それは確かにうなずけるところがある。私自身、この一年で「仕事を断る」ということがようやくできるようになったのだが、それは技術的や時間的にできないといった理由ではなく、美意識に反するという表現はとてもしっくり来る。美しいと思えないことは、どんなに報酬を積まれてもできないし、報酬を得たとしても嬉しくないだろう。

そんな中、私たちが美意識だと思っているものの多くは、真善美の善にも近い、社会的に共有された価値観とも密接に関わっているのだと感じる。「こういう髪型が美しい」という感覚の中には、その感覚を感じる個人が特有に持っている美意識につながるものもあれば、身を置いてきた文化や慣習の中で美しいとされているものにつながっているものもあるだろう。

むしろ、社会的に刷り込まれてきた価値観の方が大きいかもしれない。

それは「美しい」とされる髪型が国によって違うということからも分かる。

そんな中で、例えば美容師が、真の意味での自らの美意識に従うことができるようになったとき、そこにはその人にしかつくりだせない美しさが生まれるだろうし、そのためには、文化や慣習によってもたらされた美しさの基準ではなく、自分自身の魂がどう感じるかということに目を向けていくことが必要だろう。

同様のことは、他の領域の専門家や私たちひとりひとりにも言えることだ。

ずっとスマートフォンの待ち受けに使っている画像がある。

「それは、心を奪うか。それは、想像を裏切るか。それは、人生を揺さぶるか。」

これは確かもう5年以上前に日本の美容メーカーが出した広告のコピーを写真に撮ったものなのだが、美しさを提案する企業がこのコピーを選ぶというところにまだ希望を感じている。

自分の人生を揺さぶるような、生きた感性を世界に向けていない人に、人の人生を揺さぶることなどできないだろう。

魂が揺れる余白を心と身体に持ち、魂が惹かれる美しさを感じ続けたい。2020.8.3 Mon 10:35 Den Haag

 

786. 出来事と体験、アジアンスーパーでの会話を思い出して

 

先週から始めた日本にいる仲間との朝の対話の時間を終えて以降、日記を書くこと、そして過去の日記を読み直しウェブサイトにアップすることを続けている。

それでもまだ今日は書くことを続けたいという欲求がある。今日は久しぶりにゆったりとしたスケジュールであること、朝から雨が降り続いていることなどが意識が内省に向かうことを後押ししているが、同時のここのところリフレクションジャーナルを書く時間を十分に取ることができず、言葉になる手前のものがどんどんと積み重なっていっていたこともあるだろう。

今朝は、リフレクションジャーナルを書き始める前にオランダのフローニンゲンに住む友人の日記を読んだ。これまでは夜に日記を書く前に読むことが多かったのだが、友人が旅行先のアテネで財布を紛失してしまったことを知って以来、無事にオランダに帰ってくることができたかが気になっていた。

無事にオランダ、そしてフローニンゲンの街に帰り着くことができたということを今朝読んだ日記を通じて知り、ほっとしている。

今回起こったのは財布の紛失という出来事だったのだがそこから、「最も大切なのは、何が起こるかではなく、その出来事の後にどのような時間を過ごしていくかということなのだ」ということを、友人の体験を通して学んでいる。

例えば歴史というのは「○年に●●ということがありました」というように、あたかもある特定の出来事がきっかけでその後の社会や人々の生活に変化が起こるというように見えるが(年号を覚えるという行為はその最たる例だろう)実は、社会や人々の生活にどんな変化が起こるかは、その出来事を人々がどう捉えたか、その後、どんな時間を過ごしたかによって大きく変わるのだ。そして同時に、ある出来事をどう捉え、その後どのような時間を過ごすかというのは、その出来事以前に人々がどういう状態であったのか、どのような思考をしてきていたのかにも深く関わっている。


歴史を揺るがす大きな出来事というのは、それだけで人々の意識変容を起こすものだが、同時に、その土台となる意識は、出来事よりも随分と以前からの経験や歴史の積み重ねによって形成されているのだ。

例えば、他者批判や被害者的な考えを持つ慣習を意識が身につけていたのであれば、思いがけないトラブルは、さらにその慣習を強化させることになるだろう。一方で、大きなシステムからの学び、未来からやってくるメッセージに目を向ける慣習があるのであれば、思いがけないトラブルも、新たな可能性を開く扉となるかもしれない。

また別の面から今回の出来事を見つめてみると、物やお金は人間にとって大切なものの一つの側面だということに気づく。お金を失うことも大きな損失だが、たとえばお金が入っていた財布が大切な人から贈られたものだったら。「お金はいいから、財布だけでも返ってきてほしい」と思うだろう。

もし、旅行先でたくさんの楽しみな予定があったならば、その機会を逸してしまったことを残念に思うに違いない。失ったものにまつわる手続きのための時間を取ることになるのは、時間を紛失していることだとも言える。

一方で、お金や物を失ったことで得た経験もあるだろう。

私自身、日本滞在中に東京のカフェで打ち合わせをした際に財布を落としてしまい、財布を保管してくれていたカフェまで行くための電車賃がなく途方に暮れていたときに、コインランドリーで洗濯が終わるのを待っている知人の姿を見つけ、小さなコインランドリーが輝いて見えたことがある。(その場で電車賃の500円を借り、それは翌日に無事返すことができた。)

トラブルを解決しようとする過程でたくさんの人の優しさや奇跡のような瞬間に出会う。

もしかすると奇跡は日常の中に溢れているのかもしれないけれど、それが奇跡であるということに、何不自由なく過ごせているときはなかなか気づくことができない。

ちょっとした人との関わりや、かけられた一言がこのうえなくあたたかくやさしいものとして心に染み込んでくる。

今後の手続きで手間がかかることも多くあるだろうけれど、そのプロセスで人との関わりがあり、そこに光を見出し感動さえも覚える瞬間があることを心から願っているし、友人はきっとこれからもそんな風に世界と出会っていくのだろうと想像している。

外に出れば、溢れるほどに色々なことがあるということを昨日1日外出をして改めて感じたが、最後に二つ、昨日の小さな出会いで印象的だったことを書き留めておく。

一つ目は美容院の帰りに立ち寄ったアジアンスーパーでの出来事だった。暑くなってきたので冷たいうどんでも作ろうかと思い、日本の麺類や調味料が並んだ棚を眺めているときに、中年の、夫婦であろう二人組に話しかけられた。その背の高さと雰囲気からおそらくいわゆるオランダ人(民族的なオランダの血筋を引いている人たち)なのだと思う。

「英語を話せるか?」と断りを入れてから、女性は「これはどんなものか?」と聞いてきた。手には柚子の絵の描かれたポン酢の瓶が握られていた。「これは醤油のようなものか?」と言うので、「醤油にレモンとミカンの間のようなフルーツの果汁が混ざったものだ」と答える。購入しようか迷っているようなので「何をつくるつもりなのか?」と聞きながら男性が押すカートを覗き込むとそこには米や海苔が入っていた。日本のものが好きな息子さんに贈るのだという。「この絵(ポンカンの絵)が素敵だと思うけれど」と迷う女性に対して、「それは日本でもよく使われている調味料であって、私も好きだ」と伝えると、女性はホッとした顔をしてポン酢をカートに入れ、「他におすすめのものはないか?」と聞いてきた。

調味料が多いコーナーだったため、単体として食べ物になるものはないかと見回したところ、ラーメンやうどん、蕎麦が目に留まったので「日本の麺類はどうか」と勧めてみる。ラーメンはスープに化学調味料が使われていることも多いので、うどんや蕎麦の方がいいかもしれないと思い、うどんとそばを指し示す。と、その中にパッケージにざるそばと麺つゆの絵まで描かれた蕎麦があったため、思わず、「先ほどのポン酢はこうやって使うこともできる」と口にすると、男性は笑顔になり、私が差し出した蕎麦をそのままカートの中に入れた。

二人は丁寧にお礼の言葉を述べ、棚を眺めることを続けた。

しかしながら、改めて考えるまでもなく蕎麦をポン酢につけるという話は私は今まで聞いたことがない。(今、調べてみるとポン酢に蕎麦をつけるレシピもあるようでホッとしている。)「せめて蕎麦ではなくうどんを勧めた方がポン酢にあっただろうか」などということが、帰り道ぐるぐると頭を回っていた。

息子が好きだというものを、良く分からなくても贈ろうとすること。
そのために真剣に悩む様子。

そんな在り方の美しさを感じるほどに、ミスマッチな組み合わせを教えてしまったことが後悔される。組み合わせはイマイチかもしれないが、せめて日本の食べ物、もしくは日本のものを嫌いにならないでほしいと願っている。

そんなことを考えながら歩き、家に近づこうとしているところでふと視線をあげると、トラムが通る通りの真ん中の街路樹が植えられている部分を犬を連れて歩く男性と目が合った。

天気の良い日は朝夕犬の散歩をしていて、いつの間にか顔を見ると手を振り合うようになった人だ。ころんと出たおなかに一見強面だが、はにかむように笑う笑顔が可愛らしいこと、道ゆく人たちと言葉を交わしていることを私は知っている。

きっと随分前から向こうは私に気づいていたのだろう。
目が合って、微笑み、手を振り合う。

考え事もいいが、目の前の人に目を向けること、何かを交そうとすること以上に大切なことがあるだろうか。

頭の中をぐるぐると回っていたことが一気に吹き飛び、目の前の世界が広がり、輝いた。2020.8.3 Mon 12:02 Den Haag