770. 変化と適応


今日は随分と前から意識が働き始めていた。目覚める前、長い間夢の中で人と話していたように思う。「人と話す」という形式を通じて頭の中を整理していたのだろうか。そういえば昨晩もソファーで横になり、意識があるかないかの中で誰かと話をしていた。

執筆を進めようとしている書籍の原稿だが、本題に入る前の話がなかなか進まない。と、今こうして書こうとして思ったのだが、「本題に入る前の話」が本当に伝えたいことなのかもしれない。

大きくはコミュニケーションについての認知を更新するということをテーマとしているが、そのためにはそもそもコミュニケーションがとは何か、どのように変化してきたか、今何が起こっているのかを紐解く必要があるのだ。

この30年間、私たちのコミュニケーションを取り巻く環境は大きく変化している。にも関わらず、私たちはいまだに、30年より前の環境に合わせたコミュニケーションを取ろうとしているのだ。

これは致し方ないことだとも言える。生まれた後に環境が変化したのだ。変化に適応した生活様式やコミュニケーションの様式等がDNAに埋め込まれていない状態である。だから現代に生きる、特に30代後半以上の人たちというのは、種として新たな環境に適応するという課題に向き合っているのだ。

それが生物学的に反映されるのは次の次の世代、50年後くらいということになる。自分たちが進化をするとともに、それを環境に反映させ、新しい世代が旧世代の考えを引き継がなくていいように見守る。それが私たちの役目だろう。

そんなことを考えていたら、雨が降ってきた。

空中に漂う音を包み込むような、柔らかな雨。

この中庭の景色は、50年間、どんな風に変化してきたのだろう。

長期の不在の後は必ず庭の手入れに精を出すオーナーのヤンさんがこの景色を育ててきたのだろうか。(ヤンさんはおそらく30年以上この家に住んでいるはずだ。)

もし人間が新しいものをつくることを辞めたら、私たちの暮らしは惨めで荒んだものになっていくだろうか。

そんなことはないはずだ。

環境変化への適応を急速にしなくてよくなる分、もっと自分自身や人と向き合うことに時間もエネルギーも使えるようになるかもしれない。

そんな中で、精神の豊かさというのは、むしろ深く、じっくりと育まれていくかもしれない。

できることならば、そんな環境をつくりたいし、そんな環境をつくることに携わっていきたい。

雨の中、飛び回るカモメたちの姿を見、賑やかに上がる鳴き声を聞きながら、そんなことを考えている。2020.7.24 Fri 9:23 Den Haag