728. 朝、静けさとともに

にわかに、強い風が吹き抜けた。まだ影を持たない中庭の木々の葉が揺れる。揺れる。揺れる。

薄く広がった綿菓子のような雲が、西から東へと、ゆっくりと動いていく。

昨日は久しぶりの休日らしい休日で、家でのんびりと過ごしていた。

当初は、街の中心部に最近間借りで開業したという日本食のお店にカレーもしくは冷やし中華を食べに行こうかと思っていたが、朝から天気が悪く、身体も休息を必要としていたので、外出は近所のスーパーに買い物に行くのにとどめた。

昨日のことを思い出そうとしているが、一方で、今、この朝の静けさを味わいたい自分がいる。

様々な種類の鳥の声、静かに足元を撫でる冷たい風。前後に重なる雲。

思考を使うことは日中に十分に発揮することができる。

しかし、この感覚、感覚と一体になった感覚、静けさ、特にこの、街全体が静かな感じはこの時間にしか感じられないだろう。

今朝は5時少し前に自然と目が覚めたが、おぼろげに明るくなる窓の外にあるなんとも言えない美しい静けさを感じて、 ベッドの中で、ぼーっとそれを感じていた。

目を閉じると、随分と遠くを飛ぶカモメの声まで聞こえてくる気がする。

海辺の、小さな平屋。

いつか暮らすことになるその場所では毎朝カモメの声で目を覚ますことになるだろうか。

これからやってくるめまぐるしい時間が終わった後には、また、静けさの中に身を置くことになるのだろうか。それともこれからは、どんな嵐がやってきても静けさの中に居続けられるのだろうか。

自分の中にいろいろなものに対する「イメージ」があるということに気づく。

人は誰しもが、「イメージ」を持っている。

不思議なことにそのイメージが変わると、ものごとは変わらなくても自分自身の感じ方が変わる。

それまで苦しいと感じていたものがそうではなくなったりもする。

それは思考の整理だけでは起こらないことだ。

根本的な身体の感覚にアクセスすることは重要だが、残念ながら特にビジネスの世界ではそういったことは「スピリチュアル」などと言って怪しいものとして見られてしまったりする。同時に長年の社会生活の中で感じることに鈍感になってしまっている人も多い。

世間はともかく、自分自身は、身体と精神の健全なつながり、そしてそれらを含んだ「全体」を以って世界を感じ続けたい。

少しずつ、空が明るくなってきた。

そしてまた1日が始まる。2020.6.29 Mon Den Haag

729. 腰の疲労と、ものごとに向き合う姿勢

 

30分ほど前からすでに思考力が大きく低下していることに気づいていた。
今日、もう少し質を上げて進めておきたかったこともあったが、これ以上続けても、満足のいくものには仕上がらないだろうと作業を止めた。

数日前(もう1週間経つだろうか?)に新しいワーキングチェアが届き、スムーズに動くキャスターと大きな背もたれがあることは快適ではあるのだが、どうも腰の疲労が大きくなったように思う。

あれはまだ冬の終わりが訪れる前か、あまりにも家に引きこもっていたので(私はもう随分前から引きこもりなのだ)それでは身体に良くないだろうとエクササイズ用にバランスディスクを購入したのだが、ここのところそれをエクササイズではなく、仕事用の椅子に乗せるという使い方をしていた。

そのことによって何か良い姿勢が保たれているという感じがしていたわけではないのだが、新しい椅子を使ってみてどうにも具合が悪く、座面にバランスディスクを置くと楽になるので、バランスディスクがその名の通り身体のバランスを支える重要な役割をしていたのだということが分かった。

とは言え、それで良い姿勢が取れていたかというとそれは分からないのだが。

とにかく今、今この瞬間においては左の腰に違和感を感じている。

新しい取り組みが始まりそれによってデスクワークの時間が増えており、それはこれからも続くことが予想されるため、せめて椅子に座ったときの「良い姿勢」というものを身に付けたい。

オランダの他の街に住んでいる友人がオンラインでピラティスのレッスンを提供しており、それにも興味はあるのだが、決まった曜日の決まった時間にレッスンに参加することに対するモチベーションはあまりわかず、現状に合った取り組みを教えてもらうために個別のレッスンをお願いしようかと考えている。

日中は飲み物とフルーツだけを摂る、夕方17時頃に夕食を摂るという食のリズムはなかなか上手くいっているように思う。

消化のためにエネルギーを使わなくて済むので、あとはいかに集中力と明晰な思考を保てるかである。

ここ数日暑かった気候も、また穏やかで快適なものになってきた。

それでもここからは暑くなる一方だろう。


今より冬の寒さが厳しいところに住むのが良いかというとそれも悩ましいところではあるが、夏の暑さはこれ以上厳しくならないでほしいとも思う。人間とは本当に、あっという間に今ここにある快適さや充足を忘れてしまう贅沢な生き物だ。

この街においては街の中心部以外にある唯一の大きめのオーガニックスーパーが徒歩圏内にあることや、それとは別に伝統的でこじんまりとした商店街も近所にある今の家は何だかんだとても便利で、数日前も今後の引越しのことがちらりと頭をよぎったがよっぽどのことがないとここを離れることはないだろう。あとは近所の猫が遊びに来てくれたら言うことはない。

ここ数日、随分と頭ばかりを使っている気もする。

もっと感覚や感性を発揮させたい。思考についてももっと深く思考をしたい。

この感覚は、目の前のことに真摯に取り組むことにより超えられるのだろうか。それとももっと何か取り組み自体に質的に違う要素が必要なのだろうか。

少なくとも、自分自身の魂につながるような時間はもっと増やしていきたいし、それが常であってほしいとも思う。

日本の企業のことを考えながらも、そこでは到底受け入れられることがないだろうということに取り組み続ける。パラドックスにも見える構造がいつかもっとシンプルなものに見えてくるのだろうか。2020.6.29 Mon 20:27 Den Haag