703. 鳥たちの異変


それは、鳥たちのほんのちょっとした変化から始まった。

そんな小説の書き出しのような言葉が降りてくる。

昨晩、日記を書き終えるか書き終えないかのときに、ヒッチコックの『鳥』という映画を思い出していた。小さい頃に一度観ただけだが、小さい頃だったためか、余計に恐ろしい印象として残っている。何が恐ろしいかは分からない。正体のわからない恐ろしさだ。

昨晩、(と言っても20時をすぎてもまだなお明るかったのだが)書斎の窓から中庭に目をやると、1階の張り出した部分の屋根の上に黒猫が丸まっている様子が見えた。黒猫の視線の先には、もう一匹、向かいの家との間に立っているガーデンハウスの屋根の上にいるひと周り小さな黒猫がいた。

と、鋭い声とともに上空からカモメが飛んできて、書斎の前にいる黒猫までわずか50cmほどのところまで迫った。黒猫は勢いよく走り出す。今思えば、カモメが本当に鋭い声を上げたかどうかは定かではない。しかし、これまで見たことのなかったカモメの攻撃的な様子に、私の中には「鋭い声」の記憶が刻まれている。

10mほど先に走った猫に、再びカモメが近づく。

私がたまたま目にしたことがなかっただけで普段からカモメと猫はああやって遊んでいたのだろうか。しかし「攻撃」というメガネをかけた私には、カモメが猫を襲っているように見えた。

しばらくして今度は、定期的に鳴く、やはり鋭い鳥の声が聞こえてきた。この庭では様々な鳥の声が聞こえるが、そのどれもが澄んだ声に聞こえていた。それがどうしたことだろう。ギャーギャーと、随分と濁った声で鳴いている。明確に、誰かに何かを訴えるようなそんな感覚がある。

声の方に目を見張ると、先ほど黒猫が逃げ込んだ茂みの近くにある木の上に、茶色がかった鳥が一羽止まっているのが分かる。先日名前を知った鳥だ。そしてその木の下には、小柄な黒猫が丸まっている。

ギャーギャーと声を出す度に鳥の頭が前に出る。黒猫は時折鳥を見上げている。


あの黒猫が鳥を追いかける様子はこれまで何度か目にしたことがあったが、鳥が猫に何か言わんとしている様子を見るのは初めてではないか。それともやはりこれまで自分がそういう目で見ていなかったというだけだろうか。

ギャーギャーと声が響く中庭の空気が、いつもと違って何か不穏なものに見えてくる。

これが昨晩の私が心を通して見た景色だ。

実際には、カモメが猫に近づき、また別の猫の近くで鳥が鳴いていた。

それだけである。(それさえも怪しいかもしれない。)

そんなことを思いながら、今朝は「動物にも集合的無意識のようなものがあるのだろうか」という問いがぼんやりと浮かんできた。

その答えは分からないが、少なくとも言えるのは、同じもしくは近くの(場合によっては遠くの)空間にいる人間の「雰囲気」なるものを、動物は察知できるということだ。(動物と言っても全ての動物かどうかは分からない。私が知っているのは犬や猫や馬くらいだ。)

個人の意識が集団の意識に影響を与え、集団の意識もまた個人に影響を与える。(「集団の意識とは何ぞや」という問いが湧いてくるが、それについてはまた別の機会で考えたい。)

ふと中庭に目をやると、黒猫がうずくまっている。

しとしとと動き出す。

すとすととガーデンハウスの上を歩く。

世界で起こる出来事についてこんなにも面倒な考え事をするのは人間くらいなのだろうか。2020.6.11 Wed 7:25 Den Haag