682. 形骸化した資格制度に思う

目を閉じて、しばらくの間、中庭からやってくる音に耳を傾けていた。鳥の声なのか、虫の音なのか。いくつかの、違うリズムを刻む高い音が重なり合い、一体となる。

と、中庭とは逆側の、表の通りの車の往来の音の向こう側から微かな鐘の音がやってくる。8時を知らせる鐘の音を、先週、新鮮に感じた記憶が蘇る。これまで気づいていなかっただけでこの鐘はいつも鳴っていたのだろうか。

昨日は、夕方に行ったセルフコンパッションのワークがあまりに衝撃的で、それ以前にやっていたことがすっかり頭からいなくなっていた。「そういえば昨日また、日本大使館に行ったのだった」と、身支度をしながら気づく。

パスポートの期限がすでに切れていることに気づいた4月の上旬から約2ヶ月、ようやく新しいパスポートが出来上がるのを待つのみとなった。

昨日大使館を訪れたときもセキュリティチェックのボックスはやはりどこか息苦しく、そそくさと庭に出た。そして開いた事務所の先の空間にこれまた息苦しさを感じる。物理的な意味だけでなく、何か「箱」の中に閉じ込められたようなそんな感覚だ。外的なものに大きく影響を受けるということは、私の心は本当の意味でまだ自由になりきれていないのだろうか。

窓口にいると、男性が一人、奥のソファに座り、女性が一人、窓口の前でペンを片手に書類を読んでいた。係りの人が来るのを待っているのかと思うが、そうでもなさそうなので、隣に並び、呼び出しボタンを押す。出てきた女性は日本人ではなかったが流暢に日本語を話し、持ってきた写真を受け取った。

待っている間、130ユーロで向こう10年間多くの国への渡航の自由が付与される(この先はどうなるか分からないが)なんて何てありがたいんだろうということが頭に浮かぶ。

国によってはパスポートを取ったり国外に渡ったりするのにある程度の資産があることを証明する必要がある国もあると聞くし、パスポートを取得できたとしてもビザなしで他国に入国することが難しいという国もある。日本は、ビザなしで入国・滞在することができる先が最も多い国の一つだ。それは日本という国と日本の先人たちが国際社会で築いてきた信頼の結果だ。

一方で、「10年間、何の確認もなしに有効利用できる資格というのはどうなんだろう」という気もしてくる。

パスポートは多少意味合いが違うが、仮にこれが何かの能力およびその能力への信頼性を示すものだったとして、それが10年後にも保証できるとどうやって言えるだろう。

運転免許もそうだが、ひとたび免許を取って運転をしないでおけば、ゴールド免許を持ち続けることができる。免許を持っていることと、運転ができることは必ずしもイコールではないのだ。

かと言って、毎年実技試験をするわけにもいかないので、社会での運用を考えると、数年毎の更新制ということになるのだろう。

それは仕方のないことだが、自分自身の携わる分野に置き換えると、免許や資格というのはほぼ形骸化しているように思う。日本ではコーチングに関する国家資格はなく、民間資格は、数時間の聴講で取得できるものから数ヶ月から数年の実践で取得できるものまで様々だ。コーチングに限らず、多くのものが「資格ビジネス」という枠組みの中に巻き取られている。

資格は確かに学びや実践の励みになる。しかしそれと「実務ができること」の混同が起き、それによってさらに、役務提供を受けたい人が、それができる人を探すために必要以上に時間と労力を使うということが起こっているように思う。

これは、「資格」という基準でしか選ぶことができない(自らの思考や感覚と照らし合わせることを怠っている)選ぶ側の問題もあるだろう。「照らし合わせることを怠っている」と書いたが、照らし合わせる先である自分自身を育てることを怠っているのではないか。自らの基準がなければ、誰かがつくった基準に合わせて選ばざるを得ない。

この問題は「そういうときもある」と、成長のプロセスとして捉えておけばいいのだろうか。それにしても、一定以上の社会人経験や専門職としての経験を積んできているにも関わらず、そこで自分自身の基準をつくってこなかった人があまりに多いのではないか。自らの言葉を紡ぎだそうとせず、入ってきたことをそのまま伝えるだけで過ごしている人が多いのではないか。

何だか今日は、免許制度の話を発端に、専門分野やものごとに向き合う人のあり方に対して批判的に見る自分がいるが、翻ってこれは、自分自身への批判であり反省である。

「私の見ている世界にはそんな風に見える」ということは、同様の在り方をしている自分自身がいるということであり、それに対する情けなさやもどかしさを感じているということだ。

「便利」から始まったものが膨れ上がりすぎて、結果として人生の貴重な時間を浪費することにつながっているように思えるこの世界の中で、自分には何ができるだろうかと考えている。2020.5.26 Tue 8:33 Den Haag