668. 10年間使うパスポートの更新に思うパートナーシップの話

 

今日こそ大使館に行こう。寝室からバルコニーへと続く扉を押し開き、外の空気のあたたかさと太陽の明るさを感じながらそう思った。先々週からそう思っていたのだが、先々週は寒さが戻り、先週は比較的予定が入っていたため

というのは言い訳である。自分の中では、大使館とは逆方向にある銀行まで現金をおろしに行かなければならないことが億劫なのだ。大した距離ではない。歩いても20分もかからないだろうし、自転車であれば5分くらいで着くだろう。我が家の前はオランダ一長いと言われる通りが通っており、道路と歩道の間に、自転車専用道が設けられている。そしてその自転車専用道は一方通行である。銀行に行くためには、一度銀行とは反対方向に行き、道路を渡り、そして、自転車専用道に乗らなければならない。

と、また、自転車専用道のせいにしている自分がいる。確かに片側の自転車専用道を通るのは面倒で、かつ、全力で自転車を漕ぐオランダ人とともに自転車を走らせるのは、のんびりと自転車を漕ぎたい私にとって結構なストレスなのだが、それにしても、この気の進まなさは何だろう。

パスポートの期限はとっくに切れているのだから、更新は早い方がいい。

この億劫さは何とつながっているのだろうと目を閉じてみる。

どうやら私は「10年使うパスポート」というものに窮屈さを感じているようだ。自宅で撮った写真をこの先10年使うと思ったらパスポートを開ける度に「この写真かあ」と思うことは目に見えている。かと言って、日本のように3分間写真のような機械もしくはパスポートセンターに併設されたスタジオで撮ったところで10年間、満足し続けるような写真など撮れるわけでもない。普段、さほど外見を気にしないほうだと思ってきたし、パスポートなどほとんど他人に見せる機会もないのだから、そんなに気にする必要はないと思うのだが、10年間、同じ写真の身分証明証を使い続けるということへの居心地の悪さのようなものがあるのは事実だ。

同時に、「これから10年間、この苗字のまま過ごすのだろうか」ということに対するどこか残念な気持ちがある。一方で、「もし苗字が変わることがあったらまた手続きが面倒だなあ」という気持ちもある。実際、私はこの10年間、結婚と離婚に伴い、2度、パスポートの変更を行った。1度目は正確には、取り直しの手続きだった。免許証も含めて、結婚に伴う苗字変更の手続きはものすごく面倒だったのだが、そのときは結婚の喜びの方が優っていたのでまだ良かった。

あれからもう10年が経つということか。そう思うと感慨深い。感慨深いという言葉はこういうときに使うのだろう。5年間の結婚生活を、その後の独身生活の期間が上回ろうとしている。

この、「10年間使い続ける身分証」と「それを変更する手続き」に対して感じる窮屈さや面倒さは、私のパートナーシップに対する考え方を反映しているのだろう。できれば一人の人と長く共にいたいと思っているが、最初から「死ぬまで一緒にいましょう」とか「10年一緒にいましょう」という約束をしないといけないと思うと息が詰まるような感覚になる。一緒にいる気がないわけではない、しかし、関係性は日々の積み重ねの上に成り立つものであり、日々の積み重ねの結果として長い月日が経つのではないか。さらに私の中で関係性というのは日々積み重ねるというよりも更新されるものであり、かつ二人の中で閉じたものではなく、共に、そしてそれぞれがそれぞれに世界と交わることによってより深いものになっていくのではないかと思っている。それは、複数のパートナーを持つということではなく、しかし、様々な人と深く出会っていくことを意味している。それがパートナーとともにできたのであればとても幸せだと感じる。

いまだ、私の中では、日本で一般的に認識されている婚姻関係や家族の関係は、停滞もしくは諦めの色が強いように感じてしまうのだ。そうでない関係をつくりたいという想いはあるが、それが叶うかは分からない。あと数年でやってくる40代は、一人で歩んできた時間とは違う時間を味わいたいという気持ちと、一人で気ままにやるのもいいなという気持ち、どちらもある。しかしどちらかというと、一人で気ままは飽きるのではないかという気もしている。かと言って、一人が飽きたから誰かと一緒にいるというのも何か違う。現在、パートナーは日本にいるが、この状況ではこの先いつまた再び会うことができるかも、その先に関係性を更新し続けられるかも分からない。

これからがどうなるかなど分からない。今できるのは、今できる形で、日々時間を共にする人と向き合っていくこと。そんな動的な自分のスタンスと「10年間のパスポート」という静的な存在があまりにかけはなれていて、違和感を感じるということだ。

しかしながら、パスポートはただの冊子である。実際には、パスポートはただそこにあり、それについてああだこうだと考える自分がいるというだけのことである。2020.5.18 Mon 9:09 Den Haag

669. 久しぶりに「日本」に行ったら突然激しい咳が出た

 

夕食を作っているときから、日記に書きたいことが3つ頭に浮かんでいた。1つ目は今日、大使館までパスポートの申請に行った話。2つ目はカレーを作った話。3つ目は、学びの自己目的化と研究者と実践者の話。

1つ目から順番に書いていこう。

今日はやっと大使館までパスポートの申請に行くことができた。朝の時点では、大使館と銀行が逆方向にあり(手数料を払うため現金を下ろす必要があった)、その他もろもろの理由も伴って何かとても億劫だったのだが、改めて調べてみると大使館と同じ方向にATMの設置された銀行があり、自転車で出かけると思いの他感覚としては爽やかだった。

何があんなに心を重たくさせていたのだろうと思うくらいだ。朝の日記で10年間同じパスポートを使い続けることにああだこうだと書いたのだが、あれはさらに何かの言い訳だったのかとさえ思う。実行してみると、そこにあるのはただの手続きであってそれ以上でもそれ以下でもない。実行しないでいるとそれがむくむくと「意味」として膨れ上がっていくということだ。

幸いにも家の前の一方通行の自転車道をそのまま流れに乗って直進する場所にATMのあるスーパーはあった。現金を下ろし、少しだけ来た道を戻り、路上の駐車スペースに自転車を止める。日本大使館があるエリアは他国に大使館などもあり、路上駐輪が禁止されている。ゆったりと敷地を使ったいくつかの大使館の前を通り過ぎて日本大使館に着くと、ちょうど、マスクをした女性が出てきたところだった。ハーグの我が家の近くではいまだにマスクをした人を見かけることは少ない。61日からは公共交通機関に乗るときにマスクを着用することが義務付けられたが、医療用マスクの一般利用は禁止されており、そもそもマスク自体が薬局にあまり売られていない。そこで自作をすることが推奨されているが、実際にはこの街の人々はどんなマスクをつけるのだろうか。

大使館の柵の前で呼び鈴を鳴らし、パスポートの申請に来たことを伝える。ブザーの音がして、ロックが解除される。透明な箱のようなセキュリティチェックの場所に入ると、手を消毒するようにと促される。パスポートを見せ、カバンとスマートフォンをロッカーに入れ、金属探知機を通って各種手続きができる、大使館の窓口がある別棟に行くことを促される。と、にわかに喉が乾燥したのか、咳が出そうになる。

この小さな建物の中で咳をしてはいけないと息を飲み、セキュリティチェックの場所の扉を開け、庭に出るとともにこらえきれなくなった咳が飛び出す。ゴホゴホやゲホゲホというよりも、ゲーと言いたくなるような、喉というより胸から来るような咳だ。

この感覚はこれまで何度も経験したことがある。その場の「気」の合わない場所に行くと、とたんに喉がカラカラになり、咳が出だすのだ。物理的なその場の空気の性質とその場の雰囲気、無意識にストレスを感じているような場で起こる。それはアレルギー性の喘息が発症した当初に出ていた咳とも似ている。

そんなことが分かっているので、心配する必要はないのだが、ことのほかゲエゲエと激しい咳をしていたためか、セキュリティチェックの係員が心配さと怪訝さをないまぜにした顔をして扉を開け、「Are you OK?」と聞いてくる。

ただでさえ激しい咳なのに、このご時世である。そりゃ心配にもなるだろう。ただ喉が乾燥しただけだと言うも、咳が止まらず涙まで出てきそうになるので、ティッシュはないかと聞くとすぐにトイレットペーパーを50cmくらい切ったものを持ってきてくれた。お礼を言い、涙を拭き、口をふさぐ。

咳が止まったので、手続きの場所の扉を開け、建物の奥に進むと、待合のソファーに座っている女性が一人いた。挨拶をしてその女性の前を通り、窓口についているボタンを押す。出てきた女性に苗字と名前の表記の訂正を促される。(私はパスポートの等の名前の表記をSou Satohとしているが、SouSatohもヘボン式ローマ字ではそれぞれSo SatoとなるためSou Satohにするためには申請書に特別な記載が必要になる。ちなみに私がSou Satohという表記にしているのは、中学校のときにオーストラリアにホームステイに行った際、名前の表記を「So Sato」にしていたところ、通った学校の修了証に平仮名で「そ さと」と記載され、子ども心ながらに大いにショックを受けたためである。しかし、Souと書くと今度は「スー」と呼ばれる現象が起こっている。一体どう表記したら「ソウ」と発音してもらえるのかいまだに分からない。)

それでも申請書を受け取ってもらえてホッとし、女性の向かいのソファに腰掛ける。その女性はほどなくして名前を呼ばれ、何かを受け取り、待合スペースを後にした。そして入れ替わりで男の子を抱えた女性が入ってきた。二人の女性を見て私は「久しぶりに日本人を見たなあ」ということを考えていた。

自分も日本人であり、そんな自分の顔を毎日鏡で見る機会があるので、「久しぶりに日本人を見た」などと思うのは不思議な話なのだが、それは自分の顔は客観的かつ冷静に見ることができていないということなのだろうか。面長の輪郭に平坦な顔立ち、切れ長の目。私はおそらく典型的な日本人の顔だが、普段自分ではそうは思わないのだ。しかし、自分と同じような顔立ちの人たちを見て「日本人だなあ」などと思う。私の中ではもうすっかり、自分以外の人の顔は、欧米的な顔だという意識が染み付いているのだ。

そして同時に先ほどの咳が出た一件を思い出して、「もう日本には暮らせないかもしれない」などということが思い浮かぶ。少なくとも、オフィスのような空調が効いた場所に身を置くことはできないだろう。ドイツを含めると欧州での暮らしはちょうど丸3年経った。その中で冷房のいらない夏に慣れてしまったし、空調の効いていない場所にも身体が馴染んでいる。それだけではない、やはりそこにある空気感がどうにもこうにも合わないのだ。大使館が日本の全てではないが、日本らしい空気感の場所であることは間違いない。市役所や図書館、商工会議所など、オランダの公共の場所は、どこもスカッと開けていて気持ちが良い。何より見えるところに書類などがなくて軽やかだ。

そう言えば先日、広瀬香美さんがYouTubeで、「小さい頃から物が音楽を奏でていた」「だから、自分にとって気持ちの良いメロディーを奏でるもの以外はなるべくしまっていたい」「給食の牛乳を飲んでもメロディーが聞こえた」と言った話をしていた。そんな感じだから広瀬さんは学校にも友達とも馴染めなかったという。

何の話だったかそうだ、オランダの公共機関は紙の書類が見えるところにほとんどなくて気持ちがいいのだ。あと、日本の銀行や役所にあるような「窓口の人の後ろの偉い人の席」というのも見かけない。だいたいの手続きは、係りの人が目の前のPCでパチパチやって、その画面を一緒に確認して終わりである。

「書類を事務官に確認してもらいます」というやりとり自体が日本のお役所っぽいなあなどということを考えていたら、係りの女性が戻って来て名前を呼んだ。見ると女性の手元には一度受け取り可能日を書き、その上にバッテンが引いてある書類が見える。そして、女性は表情を変えず、「事務官が写真が粗いと言っている」と言う趣旨の言葉を口にした。

確かに自宅で撮影した写真を切り取って白い背景に貼り、自宅のプリンターで印刷したもので、印刷した紙も写真用紙ではあったが、表面がボコボコしているので余計に粗さが出ている。「やっぱり」という感じである。「ですよね」と言いたくなる感じである。

「オランダの写真機では規定の大きさに合わないので写真機は使わないようにと大使館のウェブサイトに書いてあったので自分で印刷したが、これで難しい場合はどうしたらいいか」と聞くと、オランダの写真機でも良いという返事が返ってくる。

以前だったらこんなときに「事務官とは誰ぞや」「写真機使っていいならダメと書かないでくれ」と腹が立ったと思うが、そんな気が起こらないのは、3年間の欧州生活の賜物である。ドイツのスーパーで初めて洗髪財を買おうとしたときはトリートメントやコンディショナーの違いがわからずに1時間近く悩んだし、山の中のビザの手続き所までバスで2時間かけてやっと辿り着いたと思ったら書類が足りないと言われ、次に手続きに行ったときは、帰りの雪道でバスがスリップし、1時間近く足止めになった挙句、最後には乗客たちでバスを押しどうにかバスが動いたということもある。予定の電車が来ないということもザラにある。日本がどれだけ便利な場所だったかということが分かれば、物事が11つも進められないということが「まあそんなもんだよね」と思えてくる。窓口の女性は気を遣ってか、写真は郵送で良いと言ったが、幸いなことに大使館は我が家から気持ちよく散歩がをして来れるくらいの距離にある。

おそらく写真機があるであろう市役所まで行かないといけないのはまた面倒だが、ついでに久しぶりに街の中心部の様子を見てもいいかもしれない。

そろそろ美術館や他の街にも出かけたいが、それができるのはもう少し先になるだろうか。

私は注射嫌いでインフルエンザの予防接種をしたことがないが、インフルエンザにかかったことも(自覚としては)ほぼないので、今回のウイルスの抗体ももうすでにできているのではという気がしている。しかしながら、私が守るべきは自分自身だけではない。自分よりも感染時のリスクが高い人にどう移さないようにするか。必要な距離は保ちつつ、程よい気分転換になるような活動はしていきたいものだ。

パスポート申請の過程と顛末を書いていたら外が暗くなり始めて来た。最初に挙げた残りの二つのことについてはまた明日、言葉にしていくことにする。

今日も足先の冷えが著しい。足湯をしつつ足の冷えの原因と対策について調べてみようかと思うが、そんなことをしていたらまた寝つきづらくなってしまうだろうか。2020.5.18 Mon 21:58 Den Haag