652. 満月の明かりに照らされて

 

数時間前に目覚めてから、随分思考が活発に働いている。それは目覚める前からだったかもしれない。

眩しさを感じて目が覚めたのか、それとも目が覚めるとそこに眩しさがあったのか。

いずれにしろ、昨晩、夜中に目を開けるとまん丸の月が煌々と輝いていた。「煌々」という漢字は、あの、注視していられないけれど目を離すこともできない妖気さえ帯びた光の輝きに対して使うのだろう。

我が家は中庭に面した南側に寝室がある。寝室からバルコニーに続くガラスの扉は2mほどの高さまであるが、その上にさらに明かり取りの窓が1mほど付いている。

いつもは扉を覆うレースのカーテンだけ閉めて寝るのだが、昨晩は遅くまで外の明るさを頼りにベッドで本を読んでいたこともあり、カーテンを開け放ったままだった。

東に身体を向けた状態で、南西の空で輝く月明かりに照らされていた。

いつもなら夜中に目がさめるとベッドサイドに置いたスマートフォンで無意識に時刻を確認していたが、それをしなかったのは、あまりの神々しさに圧倒されていたからだろう。

家の中をあたためる太陽の明かりよりずっと、鋭い光がそこにあった。

そして明け方には、同じく印象の鮮やかな夢を見た。その夢は「トイレの水の流れが悪いと思ったらトイレが足元から壊れる」という、神々しい月明かりとは一見何の関係もないものだが。

そして今、頭の中には形になりたがっているアイデアうずうずと落ち着かない様子で存在している。これまで感じてきた疑問や不都合に対する解を見出す時がきたのだという気がする。

しかし、一昨日日本から届いた戸籍謄本を元に切れたパスポートを新調する手続きも行なってしまいたい。幸い日本大使館は我が家から歩いて行ける距離のところにあり、今日はとても天気が良い。問題は、パスポートの証明写真をどこで取るかだ。日本であればスーパーの脇などに証明写真機があるが、オランダはそんな便利な環境ではなかったように思う。そして、パスポートの手続きにかかる費用は現金払いだと、以前見た案内ページに書いてあったはずだ。カード払い(日本で言うデビットカード払い)が一般的になっているオランダでは、現在のような状況になる以前から、久しく現金を使っていない。今、現金を使う需要があるとも思えない。銀行のATMは使えるのだろうか

やりたいことがあって急ぐ気持ちもあるが、ここはあえてゆっくり、ひとつひとつのタイミングを見極めて動くことにしよう。それにしても今日は、良い天気だ。2020.5.8 Fri 9:36 Den Haag

 

653. パスポートのこと、外来種のこと

書斎で使っているバランスボールに空気を足し、YouTubeを見ながらエクササイズをした。と言ってもほんの数分のことだ。それでも体内の血液ば勢いをもって循環しているのが分かる。手の甲の血管が浮き上がっている。

今はあまり激しい運動をするときではないという感覚だが、一方で、とは言え少しは動いておかないとという気持ちもやってくる。毎日、大きな黒い犬を散歩させている中年の男性は、心なしかおなかの丸みが大きくなってきた。

以前から、毎日朝晩犬の散歩をさせている姿を見かけていたが、できる限り家にいるようにと呼びかけられた1ヶ月半前以降、みるみるうちに彼の顔色が悪くなっていったように見えた。しかしそれは、今思うと自分自身の不安が投影されたものだったのかもしれない。結局のところ「世界」は「自分の見ている世界」なのだとここのところ改めて実感するが、そんな中でも外で姿を見かけたときに手を振ると手を振り返してくれるその姿には、自分とは違う人がそこに生きているのだという実感を感じる。1年以上暮らし、顔なじみができた街で今のような状況になって本当に良かった。これが手を振る相手もいなかったらきっともっと心細かっただろう。

久しぶりに斜めに開けた書斎の窓から何やら香ばしい匂いが入ってくると思ったら、今日は金曜日だ。そういえば去年のこの時期、金曜のお昼過ぎに向かいの家で賑やかなバーベキューが始まり、この国の人たちにとってサマータイムに入って以降の金曜の午後は仕事をする時間ではないということを知った。「こんな昼間っから」と思う感覚の方が、この国ではずれているのだろう。

今日は大使館までパスポートの申請手続きに行こうかと思っていたが、申請書のデジタルデータを印刷しようとしたときに、今日着ようと思っていた白いシャツを洗濯機にかけてしまったことに気づいた。新しいパスポートも10年。10年後に見ても極力違和感が少ないようにと考えた結果、襟のついた白いシャツという無難な選択に着地したのだ、そんなことをすっかり忘れ洗濯機に入れてしまった。。

大使館のウェブサイトには、パスポート用の写真は大きさが違う可能性があるので街の写真機では撮らないようにという記載があった。ではどうすればいいというのか。スマートフォンもしくはデジタルカメラで撮った写真を家のプリンタで写真用紙にカラー印刷すればことたりるのだろうか。巷の写真機では「ダメ」ということはわかったが、どういう条件が「良い」条件なのかさっぱり分からない。ついでに言うと、パスポート発行の手数料が現金でしか支払えないというのもやはり悩ましい。オランダではPINと呼ばれる日本で言うデビットカードでの支払いが一般的で、移民局でも商工会議所でも手続きの費用をPINで支払うことができた。日本の大使館は、オランダにあってもやはり日本なのだろうか。

そしてさらについでに言うと、どうやら今年、パスポートのデザインが変更になっていたようだ。大使館のウェブサイトに書かれた「新型パスポート」という文字を見て「新型はそんなに流行っていたのか」という、冗談を言う相手はいない。もうすっかり忘れているけれど、今年は日本にとってはおめでたく賑やかな一年だったはずなのだ。

今日は先日書き上げたショートダイアローグに関するミニブックレットをKindle販売用のデータに変換しようとしたが思ったようにはうまくいかなかった。オンライン上での執筆と公開のために使ったgitbookという仕組みが日本語の書体に上手く対応していなかったことがネックとなっている。しかしながら、Kindleでの販売がとても簡単な手続きできるということも分かった。販売と言っても今回はすでに無料公開をしていることやボリュームもそこまで大きくはないことから、無料で閲覧することのできるサイトのURLを本の概要のところに貼っておこうかと思っている。Kindle上にアップロードするのは直接つながりがある人たちにも役立ててもらえたらという想いからだが、Kindleでアップロードすると更新をしたときにアップロードしなおさなければいけないことが手間である。やはり、gitbook上で直接見てもらえるのが理想的だ。

今回2つのミニブックレットをまとめて勢いがついてきたので、昨年から取り組んでいる書籍の原稿にも改めて取り組んでいきたい。それは、私たちのコミュニケーションとコミュニケーションを妨げているもの(脳のバイアスや発達の段階、感情等)についてまとめ、コミュニケーションに関する認知そのものをアップデートすることをテーマとしていたが、奇しくもこの世界の変化に対する取り組みの提案にもなるだろうと感じている。このテーマ以外にもあと2つ書きたいテーマが浮かんでいきている。gitbookは、章立てやその中のブロックを入れ替えていくのにちょうどいいが、文字数のカウントができないことだけがネックである。しかし、今回書いたミニブックレットから、2日間集中して練り・書き上げることができるのが約2万文字であることが分かった。それを6セット繰り返せば12万文字ということになる。なんとなく果てしない道のりに見えていた、12万文字の原稿を書き上げることのゴールが見えてきたように思う。

庭の池の端には、今朝は意識で捉えることのなかった黄色い花が咲いている。花の形は菖蒲もしくはあやめに近いと思いながら調べてみると「黄菖蒲(きしょうぶ)」という花だということが分かった。黄色の菖蒲はもともとは日本にはなく、明治時代にヨーロッパから入ってきて、今は日本では「要注意外来生物」に指定されているという。同じものでも、所変われば既存の種を脅かすからという理由で「要注意」とされてしまう。以前、トキの話でも「環境変化の中で絶滅しそうな動物を守り続けるべきなのか」ということを考えたことがあった。言うまでもなく、絶滅しそうな動物を守ることは対処療法に過ぎず、環境変化を引き起こす人間のライフスタイルそのものを変えないことには、絶滅の危機に瀕する動物は減らないだろう。在来種の危機になるからと虐げられる外来種だが、在来種が減るのが外来種が増えたことだけが直接の原因ではないはずだ。

ガーデンハウスの屋根に丸まっている黒猫のように1時間ほど雨に食べたカレーがまだ胃の中で存在感を示しているがほどなく落ち着くだろう。この頃、オーガニックスーパーで購入した数種類のスパイスを組み合わせてカレーをつくるのがマイブームになっている。今日のカレーの具はじゃがいもと豆腐、ごはんの代わりに蕎麦の実を炊いている。この状況があと数ヶ月続けば私はカレー名人になるに違いない。同時に、私と我が家にはカレー臭が染み付くだろうか。

鳥を眺める小柄な黒猫を、首元に白い柄のある黒猫が眺めている。
そんな二匹の様子を私が眺めている。(そんな私を誰かが眺めている。)
この庭でおなじみの光景になりつつある。2020.5.8 Fri 19:34 Den Haag