645. 小さな自分とともに、新しいステージへ

 

祈りを終え、顔を上げて中庭に目をやると、隣の家の屋根の上に座る小柄な黒猫が目に留まった。

いつも私が猫を見ていると思っていたけれど、私が知らないところで猫も私を見ていたのだろうか。

湿った空気は、新しい季節がすでにやってきていることを告げている。

昨日は10度ほどまで気温が下がり、暖房をつけようかと思ったくらいだ。それでも、すでに数えるほどの白い花を残した梨の木や、庭に咲く花々が、季節は戻らないのだということを告げている。

昨日は、自分自身との対話の時間の中で、また一つ、心の奥底にあったものを見た。それは小さくて弱々しくて脆い。だからこそ、大きく、強く、頑なになろうとする。

一生懸命自分を守ろうとするその子は、私のあゆみを後押ししてくれた原動力でもある。

意識の外側に締め出していたその子を、そっと心に招き入れる。
大丈夫だよ。世界を見て。

どんなに強いものも、どんなに弱いものも、どんな形のものも、そのままの姿で生きている。

あなたはそのままで、ただそこにいるだけでいい。

そうすると、影の向こう側から光が現れ、やがて光と影は一つになった。

一つと言っても、どちらかが無くなったわけではない。どちらもそこに、混ざり合いながら存在している。

今朝はシャワーを浴びながら、自分の中にある強い情熱のようなものも浮かび上がってきた。年齢というのは自分の外的基準によってつけられた数字に過ぎず、もはや大きな意味をなさないと思っているが、自分の人生のステージが変わりつつあるということを知る。もういつまでも「学び手」だけではいられないのだ。学びは一生涯続くだろう。しかし同時に、自分の中に蓄積されてきたもの・蓄積されていくものを世界に開いていくときが来ている。

同世代の仲間たちもそれぞれの舞台に立っている。

様々な色の糸が織り合わされるとき、想像もしなかった鮮やかな織物ができていき、その存在そのものが、周囲に影響を与えていくことになるだろう。

これからの20年、30年、50年が、これまでの人生以上に深く味わい深いものになることを確信している。2020.4.28 Wed 9:08 Den Haag