643. 現実を生きるということ

 

深く息を吸い込むと、鳥の声が身体の中に入ってきた。
呼吸とは、世界との交歓なのだということを知る。

そのひと息で、自然とつながり
そのひと息で、自分を明け渡す。

昨晩は2月から参加しているダイヤモンドアプローチのオンラインコースのミーティングだった。毎月月末に、その月のテーマについて質問をすることができる会が開かれているのだが、英語ということもあり、これまでは後から録画を見ていたが、世界中からの参加者が集まる場のエネルギーを生で感じてみたいと思い、ライブで参加することにした。

世界中からの、と言っても、実際には米国と欧州が中心だ。ライブは米国の午前中、欧州の夜にあたる時間に開催されるため、アジアは真夜中。これまで「欧米」と、欧州と米国をまとめて言うことに違和感があったが、なるほど、欧州と米国はこうやってタイムリーに同じもの共有することができ、そこからアジアは外れているのだということを実感した。

参加者が話す英語も様々で、その多くは理解できていないのだが、Q&Aの時間で繰り返し触れられたのは「それについて今、どんな感覚を感じているか」ということだった。感覚を深く感じ、そしてそれが自由に変化していくことを感じる。それは、フォーカシングと呼ばれる技法と重なるところがある。

過去や未来に対する憂いを解決することはできない。しかし、今この場で感じる感覚の変化を感じることはできる。そうやって今ここの感覚に向き合い続けたら、痛みや苦しみは減るのだろうか。

そうとも言えないだろう。過去や未来に対して憂うことからくる「架空の痛み」は減るかもしれない。しかしその代わりに、現実を感じるのだ。それはもっと痛いかもしれないし、もっと苦しいかもしれない。だが、現実の痛みをしっかりと感じることによって、虚構ではない世界を生きられるようになるのだ。全ては自分であり、世界であると受け入れたとき、一日一日が、鮮やかで、美しく、慈悲深いものになるだろう。まだその実感はないが、少なくとも死の瞬間には、そんな感覚が訪れることを想像している。

カモメが空を舞う。
そして今日も一日が始まる。2020.4.27 Mon 8:39 Den Haag