640. 生きること、学ぶこと

 

長かった一日が終わろうとしている。20時を過ぎたところだがまだ外は明るい。庭の梨の木にはまだ、いくつか、数えるほどだが白い小さな花が残っている。

今日は、ヤンさんから多くのことを学んだ。話をしていた時間はほんの数分だったかもしれない。それでもそこに対話があったと感じるのは、彼が真っ直ぐに深く私と向き合ってくれたからだろう。そこには対立や分断を超える「在り方」があった。これが、ヤンさんだからなのか、オランダで育った人だからかは分からない。いずれにしろ、今ここにこうしているのは、何か必然なのだろう。人生の中で置き去りにしてきたものを彼が気づかせてくれたように思う。

彼とのやりとりは今はここには記さないが、今日彼と話したこと、そしてこの家で過ごしたことはこの後の私の人生に大きな影響を与えるだろう。

生きる上で一番大切なことは何か、これまでたびたび直面しながらも、頭を使うことを優先する毎日の中で忘れていき、そして向き合わなくなっていたこと。それでもこうして私の心に響くということはやはりそこには私にとって大切な「美」があるのだと思う。

ヤンさんは今、パートナーとともに小さな村で過ごしているという。私にとっては随分と人が少ないように感じるこの場所も彼は「人が多い」と言う。合唱をしている彼は、「今はZoomで合唱をしているんだよ。なかなか上手くいかないけどね」と笑った。そして、1週間に一度、Skypeで孫に絵本を読み聞かせるのが楽しみだと言い、直接抱きしめることができないのは寂しいけれど、と付け加えた。

ヤンさんの娘さんは、インド人だ。はっきりは聞いていないが、オランダでは一般的な国際養子縁組をしているのだと思う。しかし、親子や家族というのは血縁ではなく、愛情でつながっているものなのだということを、一度だけ会ったヤンさんの娘さんとその家族の様子から、そして娘さんのことを話すヤンさんの様子から感じている。

オランダは日本より約25年早く、女性の参政権が認められている。フリーランスやリモートワーク、フルタイムでない働き方などもすでに一般的だ。もしかしたら今でも、日本より20年くらいは進んでいるのかもしれない。

そんな彼らは、天気の良い日には庭仕事をしたり、ペンキ塗りをしたりする。春以降の晴れた日には老若男女颯爽と(と言うには割と本気で)自転車を漕ぎ海に向かう。口笛を吹きながら仕事をする。

便利になって時間ができたら、その分さらに働くのではなく、家族との時間や趣味の時間、暮らしの場の手入れの時間、何もしない時間を過ごす。彼らの考え方、生き方から学ぶことはまだまだたくさんあるだろう。

私のオランダでの個人事業主としてのビザは2年間であり、もう残り1年を切った。現在の状況の中、オランダ政府がビザの発行に対してどのような方針を持つのかは分からないが、可能であれば個人事業主のビザを更新し、次の5年のビザを取得し、その間に欧州の永住権を得たい。そのためには英語はもちろんのこと、オランダ語の勉強が必要になる。ここは腹を決めてやることになるだろう。

日本で挑戦を続ける人たちとともに歩み続けたいと思っているが、そのためには私は日本から距離を置いておくことが必要だ。コーチとして成長を続けるということを考えても、せめて英語を使いこなせるようになるに越したことはない。オランダ語は、勉強したところでオランダ内でしか使うことはなさそうだが、オランダ人の考え方にもっと触れたいと思ったらオランダ語も話せる方がいい。今、もっと日本語を含めた言葉そのものと意識の関係について学びたいと思っているが、それは第二・第三言語を学ぶことを通じて実現できるかもしれない。

まずは、日々の暮らしに向き合い、その中で聞こえてくる声に耳を澄ませる。当分はこの静かな生活が続きそうだ。2020.4.24 Fri 20:41 Den Haag