631. 言葉の奥にあるもの

 

今日の空は少し重い。窓を開けながら「買い物日和だ」と思った。
前回スーパーに買い物に行ったのは先週末の日曜の昼間だったが、そのときは驚くほど店内に人がいた。(もちろんそれは、一定の間隔を保てるくらいの人数なのだけれど。)週末に買い物をする人が多いのか、それとも、天気が良かったから外に出ようと思った人が多いのか。とにかく、私が知る限りいつもまばらなスーパーのレジの前に列ができていたのだ。人との接触を避けるために買い物の頻度を減らしているのに、その買い物でいつもよりたくさんの人がいる空間に身を置くとなると元も子もない。ウイルスに対する恐怖があるわけではないが「凡人危うきに近づかず」である。

今朝も、なんだかとてもハッキリした夢を見た。目覚めてすぐに「割と鮮明に覚えているから今日は夢を詳しく書き起こすことができるだろう」と思ったが、案の定、浴びたシャワーのお湯とともに、流れ落ちてしまった。

今日夢に出てきたのは小学校の同級生の男性とその妹だった。同じ団地に住んでいたが、他の同級生に比べて特別仲が良かったかと言うとそうでもないのだが、妹の名前が自分と同じように漢字一文字で二音、シンプルだが少し変わった読み方をすることは当時も印象的だったのだろう。それにしてもまさかその名前を、20年以上経って夢の中で聞くことになるとは。

夢の中で私はその男性に少しの好意を抱いていた。(小学生のときにそうだったように。)いくつかの場面展開があり、最後に、彼が「自分は料理が上手くないから、これからはあなたに自分が食べるものを作ってほしい」と言った。ここで言う「料理」とは、比喩表現にも近く、それは「あなたと一緒にいたい」という意味だったのだと思う。そう分かっていながら、私は「私も料理が上手くないから、私にも食べるものを作ってくれる人が必要なの」と返した。「料理」が比喩であることに気づかないフリをして。あくまで、「料理」の話として、やりとりをした。

今思えば、現実世界でもそんなことがよくあるように思う。私たちはいつも、とても具体的なものごとについて話しているように見せかけて、本当に伝えたいことはその奥にあるのだ。多くの場合、自分でもその奥にあるものに気づいていない。気づいていなくて、ものごとについて話をするものだから、相手もその奥にあるものに気づかず、ものごとについての話を返してくる。でも、本当は伝えたかったことが違うことなのだから、当然のことながら心が満たされることはない。「コミュニケーション」という名の「インフォメーション」をやりとりするようになって、久しく人間はそんな満たされない感覚を抱えているのではないだろうか。

「外に出てはいけない」というのは、自分の内なる声にもっと耳を傾けなさいという神の声なのではないか。「人と接触してはいけない」というのであれば、いっそのこと、情報との接触も断つよう呼びかけてほしいものだ。2020.4.17 Fri 8:50 Den Haag

632. 母との対話とパートナーシップ

 

台所のゴミをまとめて、家の前に出した。私の住む地域では金曜の朝がゴミの収集のタイミングになっている。ゴミの収集、それだけが、私に「1週間が経った」ということを教えてくれる。(ありがたいことに、街中にはいつでも家庭ゴミを捨てられるポストのようなものがあるので、最近では「1週間が経った」ということさえ忘れるのだけれど。)

一昨日は朝から日本の企業との定期の打ち合わせだったが、それがもう遠い昔のことのようだ。オフィスとは違う環境で仕事をすることのストレスのようなものが、そろそろ溜まってきている人も多いだろう。幸か不幸か、人は慣れる。この状態が「通常」だと思ってやっていくことで、そう遠くない未来に「オフィスに毎日通ってたよね」という日が来るだろう。

一昨日は久しぶりに福岡の母と話をした。戸籍謄本の取り寄せの件でメッセージを送ったときにこれを機に実家で断捨離を進めているということを知ったが、捨ててしまうくらいなら、使ってくれる人がいるのではと思い今処分しようとしているものを聞いておきたかった。

中でも我が家は小さい頃から福音館書店の「こどものとも」という本を定期購読していたため、子ども向けの本が大量にある。福音館書店は「ぐりとぐら」などの絵本も発行しており、子ども向けの良い本を発行している出版社だが、「こどものとも」も、年齢別にいくつかの種類があり、いつ読み返してもそのときそのとき発見がある。

それを処分してしまうのはもったいないと思ったのだが、どうやら母もそれは同じことを考えていたようだった。

今やっていること、これからやろうとしていることを聞いていくうちに、母も自分がどうしたいのかというのが分かったようだった。「話してみて分かったわー」と笑いながら言ってくれた母の想いに、私は涙が出そうになった。

父と母は話をしないわけではない。子どもが成人しても連れ添い続けているのだから、心地良い関係なのだろう。父はウクレレ、母は水泳と、それぞれ好きなことをやっている。

しかしそれでも、毎日同じ家にいると、色々な話をしなくなってしまうのだろうか。それとも私が自分から連絡をするのはよっぽどのときで、それが年に1度くらいなものだから「私に話したいこと」がたくさん積もっていくのだろうか。

パートナーシップについては、しばしば考えることがある。仕事柄色々な人の話を聞くが、家庭では仕事のことはあまり話せないということも多い。子どもがいればなおさらだ。家庭には家庭で進めるべきものごとがたくさんあり、それ以上のことを持ちこむということはなかなかできないのだろう。

私は、結婚していたとき、子どもはいなかったが、当時の夫はあまり私の仕事には興味がないようだった。興味がないと言ったら語弊があるだろうか。「尊重してくれていた」という方がいいだろう。とにかく、全く悪気はなく、ただ、「好きにやったらいい」という態度でいてくれていた。

当時も今も、私は大好きなことを仕事にしているのでその中で毎日発見がたくさんあり、「悩み相談」などではなく、思わず話したくなってしまうのだが、相槌もままならない夫の反応は私にとって満足のいくものではなかった。

今思えば夫はもっと「家庭」をつくりたかったのだと思う。マイホームを購入して、子どもを育てる。それが彼の思い描いていた幸せな結婚生活だったのかもしれない。

本当にそうだったかは定かではないが、結局のところ自分も相手の話をちっとも聞こうとしていなかったということが今になって分かる。彼が思い描いていた「家庭」とは違うかもしれないけれど、「家族」を持つことや家族との時間を大切にしたいという想いも、今は少しは分かるようになった。

今は、子どもと一緒に世界を見てみたいという好奇心があるが、それは叶うだろうか。こればかりは、神のみぞ知る、である。2020.4.17 Fri 9:40 Den Haag