629. とんだ勘違い

 

昨晩寝るときも、そして今朝目が覚めたときも鳥の声が聞こえていた。昨晩ベッドに入ったのは22時近く。随分遅くまで鳥が鳴いているものだ。冬場は今のように鳥の声が盛んに聞こえていたという記憶がないのだが、それは窓を閉めて生活をしていたからだろうか、それとも鳥自体がいなかったのだろうか、もしくは意識が内へと向かい、外の音を捉えていなかったのだろうか。それにしてもベッドに入ってからも鳥の鳴き声が聞こえてきていたならさすがに気づくはずだ。

あたたかくなると鳥たちも元気になり、日が沈んでも声を上げたくなるのだろうか。

今朝はシャワーを浴びながらふと「パスポートの更新を行なわなければならない」ということを思い出した。3月にもふとそんなことを思い出し、残りの期間を確認したところ有効期限が5月までとなっていたので4月にハーグにある日本大使館を訪れようと思っていたのだった。

日本大使館は我が家から歩いて30分もかからないところにある。広々とした敷地の静かな住宅街を通り抜けていくため、散歩道としても気持ちがいい。来週の後半か再来週の前半には足を運べるだろうか。

そんなことを考える。

しかしなぜ私のパスポートの期限は5月までなのだろうか。

3年前、欧州に渡る際に、離婚後名前を変更していなかったパスポートの名前の変更の手続きを行ったのだが、そのときはそれまでのパスポートの残りの期間を引き継いだはずだ。その前にパスポートの手続きを行ったのは結婚したとき。それからもう10年の月日が経つといいうのはなかなか感慨深い。10年のうち、結婚していた期間が5年、離婚後の期間が5年、そろそろ新しい家族の形をつくるのもいいなと思うけれど、残念ながら今のところその予定はない。10年前に結婚をしたときは、パスポートや免許証など様々なものの苗字が変わるというのが、とても嬉しかった。「佐藤」という平凡な苗字から「平位」という珍しい名字に変わるということもあり、何か「新しい人生が始まる」という感じがした。今となっては、その感覚を持ったということが可愛らしい思い出である。

苗字が変わるというのは、多くの男性は経験しないことだが思った以上に手間がかかる。それでも当時の自分には「新しい苗字」に「新しい自分」のアイデンティティがあると感じられたが、今はそういう感覚もない。特にオランダのように婚姻関係のないパートナーシップが認められている国においては手続きとしての婚姻関係はもはや意味をなさないとさえ思う。「大切な人に何かあったときに自分にちゃんと連絡が来て欲しい」と思うくらいだろうか。

そんなことを考えつつ、「この10年間でどんな国を訪れたか見返してみようか」などと思いながら、現在のパスポートと、その前のパスポートを持ち出し、顔写真の入っているページを開く。

10年前の、随分とキリッと目を見開いた自分がそこにいる。

と、その隣に、ある発行年月日と有効期間満了日に目が止まる。使わなくなったパスポートなので、ちょうどどの部分に、小さな穴が開けてある。

11 MAR 2010
11 MAR 2020

あれ。MARって

ん?

未だに、アルファベットで表記する月の名前というのは、感覚的に判断ができない。

「となりのトトロ」の、「メイちゃん」と「さつきちゃん」って、どっちも5月のことだったよな

ってことは…MARCH5月じゃなくて3月じゃん!!!!

そうだ、確か、私は、2009年の12月に入籍をして、2020年の4月に結婚式をして、その直後に新婚旅行に行ったのだ。だから、新しい姓でのパスポートは3月に取得していた。頭の中になんとなく湧いていた違和感が解体され、パズルのようにつながっていく。

数週間前に「MAR」という文字を眺めて、「まだ少しは時間があるな」と思っていた自分の頭をゆさぶってやりたい。

調べてみるとオランダにある日本大使館でもパスポートの期限が切れた後に新規の取り直しができるということだが、それには戸籍謄本を取り寄せないといけないということが分かる。本籍のある横浜から福岡に謄本を取り寄せてもらい、それをまたオランダに送ってもらうとなると、数週間は時間がかかるだろう。オランダの滞在許可を持っているため問題はないはずだが、早めに取り直しをするに越したことはない。

「パスポートの写真をどこで撮ろうかな」「トラムに乗らないでいける場所はあるだろうか」などとシャワーを浴びながら考えていたが、困るポイントがそこだった数時間前の自分を思い出してもなんとも気恥ずかしい気分になってくる。

ウイルスの件で日本に戻ろうかなどとは考えなかったのだが、戻ろうと思っても戻れなかったということで、全ては自然な流れの中にいるという気もしている。

急いで福岡の父母にメールも送った。あとはどれだけ気を病もうが、郵便が早く届くわけではない。

今朝よりもさらに大きな声で、ピュルピュルと鳥が鳴いている。

この鳴き声を聞きながら過ごしていたら、来るべきときに必要なものはやってくるだろう。心を今に留め、流れに乗り続けていく。2020.4.12 Sun 11:18 Den Haag