626. 自然のリズム

 

庭の梨の木の花びらはほぼ地面に落ちた。
枝には薄緑の新芽が茂っている。
そして、数日前まで蕾がふくらもうかとしていたくらいだった葡萄の蔦からも梨の葉の芽よりもさらに黄色味の強い小さな葉が開き始めている。

植物たちが力を増す中で、人間たちの活動はスローダウンしている。

これまでが早すぎたのだろう。

葉が一日に伸びる長さというのは限られている。それでも少しずつ、確実に伸びていく。そして冬には葉を落とす。

そうか、私たちは、自然のスピードだけでなくリズムも忘れてしまっていたのだ。

どんなに美しく咲き誇った花も散り、豊かに実った実も落ちる。それを、咲き続けよう、実り続けようとすることは何と愚かなことだろう。春の喜びは冬があるからこそ感じられるのであって、冬は冬としての大切な役割があるのであって、死があるからこそ、生の喜びがあるのだ。

ああ、あれは、美しい時間だったのだと振り返る。
その切なさが、今日という日をかけがえのないものにする。

私自身はどうだろう。
永遠に続くと思っていたものはなかっただろうか。
上昇し続けると思っていたものはなかっただろうか。
死を忘れたことはなかっただろうか。

自分がしがみついていた一つの季節はすでに終わりを迎えているのだということに気づく。春を待つような長い長い時間だったけれども、振り返ってみるとその時間こそが春だった。

季節はもうとっくに、何度も巡っていたのだ。

心の中に少しの寂しさがあるのは、そこがもう戻れない場所だと知っているからだろう。

流転。

人生は巡る季節と同じ、循環のフラクタルなのだということを、これからも何度も思い出すことになるだろう。2020.4.10 9:10 Den Haag