617. 主のいない庭に花は散る

オランダ政府が学校の休校を発表して、もう2週間以上が経つだろうか。その頃から階下に住むオーナーのヤンさんの姿を見ていない。ヤンさんは確か、バートナーを病院に連れて行っていたはずだ。今はパートナーとの時間を過ごしているのだろうか、それともアムステルダムにいるという娘さんたちと過ごしているのだろうか。

ヤンさんがいない間に梨の木の花は満開になり、そして散り始めた。

なぜ今ヤンさんのことを思い出したのだろうと思ったら、あの梨の花のことをヤンさんと話したことがあるからだ。「春には庭の木に花が咲く」と話すヤンさんのまなざしはいつもあたたかくて、ヤンさんがその景色を見ることを心待ちにしていることが伝わってきていた。

それが今、主のいない庭に白い花が散っていっている。

私が今この景色をしっかりと見届けたいと思うのは、来年の同じ季節に同じ場所にいるとは限らないという暗黙の意識があるからだろうか。

同じ景色を二度と見ることができないかもしれない。そう思うと、目の前にあるものがこの上なく輝いて見える。そんな風に毎日を過ごして、季節が巡り「またこの景色を見ることができたなあ」と思う日が来たとしても、きっとそれがまた、美しいことだと感じるだろう。

西の空は青く、東の空は白い。

斜め向かいの家の屋根には、鳥の形をした黒いカイトが揺れている。

昨日は新しい月の始まりということで、これから1ヶ月の過ごし方を手帳に書き留めた。毎月、月の終わりか始まりには、そんな風に新しい月に思いをめぐらせ、そして過ごした月を振り返っているのだが、3月のはじめに書いたことを見ると、どうも何か、自分ではコントロールができないことにばかり思いを馳せていたように思えた。

結果をイメージすることは悪いことではない。しかし、結果に執着すると、大事なことを見失ってしまうだろう。私が生きているのは今日という日であって、そこにどう在ったかが、自分にとって大切なことなのだ。

そんなことを考えている間も、頭の中には色々なことが湧いてくる。その一つ一つを身体で味わって、吟味することが今日の行いになりそうだ。2020.4.2 Thu 8:58 Den Haag