613. 雪と桜

白い小さな花びらが、空を舞う。

小ぶりな花をつけた庭の木は、日本の春を思い出させてくれる。

オランダの春の風物詩は梅でも桜でもなく、梨の花だということを、オランダで迎える二度目の春に気づくことができた。

この中庭にやってくる季節の変化を、今年はじっくり味わうことができるだろう。

東京では今日、雪が積もったという話を、打ち合わせをした友人から聞いた。

桜も咲いているであろうところに雪。

何か地球に大きな変化が起きていることを感じる。

昨晩は久しぶりに、とある本を読んだ。
もう5年以上経つだろうか。

北鎌倉の古民家で開かれた「縄文起業村」という集まりに参加したときに参加者の一人が紹介していた本だ。2500年ごとに時代が移り変わっているとするその本は、一見、「トンデモ」な部類に入るのだが、改めて今そこに書かれていることを読むと、まさに世界に起こっていることが予言されているかのように思えた。

低次物質文明から高次精心文明へ。今はその過渡期であり、すでに意識の移行を終えた人と、そうでない人の二分化も進んでいる。

横並びで何かをするのではなく、ひとりひとりが自分に合った時間に自分に合った食事を摂り、ゆっくり行動をする。何があっても他人を裁かず、他人におせっかいをせず、自分にとっての「樂」を大切にしていくことで、ものごとが上手くいく。

そんな時代がやってくると書かれているが、確かにそんな流れがあるように思う。

今日話をした友人とは、以前から企画をしていることがあり、それをこのタイミングでオンラインで実行しようかということを検討しようとしたが、結局はもともとのリアルな場での開催を目指そうということになった。

私の心にどこか「引っかかり」があることを感じて、それを大事にしてくれたことがとてもありがたい。

「ボランティアは少しでも義務感があってはいけない」という友人の言葉を思い出しながら、今、それは、報酬をもらって仕事として行うことも同じだろうという考えが湧いてきている。

色々なプロジェクトに声をかけてもらう機会があるが、その中にはどんなに人の反応が見込めても、私の中でピンと来ないことがある。

それは端的に言うと、自分の中で「最新の自分が関心があることではない」ということなのだが、それを相手にとって納得感のある形で伝えるのは難しい。相手にとっては何か理由があって声をかけているし、それは確かに「これまでの私」が関心があったことかもしれないが、今の私にとって、時間を投資して取り組みたいことではないのだ。

内容そのものの良し悪しとは関係がなく、内容に関わらず何かを一緒に取り組みたいと思ってくれる気持ちはとてもありがたいし、のんびりと過ごしているように見える私が「今はピンと来ない」という理由で断るというのは、相手にとって納得がいくものではないのだろう。

そう思ってあれやこれやと理由をつけてみるのだが、言えば言うほど言い訳がましくなり、言っている自分としてもよく分からなくなってくる。「今はピンとこない」という根本にある大切なものとしっかりとつながればそれは相手にも伝わるのかもしれないけれど、そんな風にじっくり自分に向き合えるだけの間(ま)を、自分に対して、相手に対して持つことができない場合も多い。

「着想」という強みもあることから、アイディアはたくさん出てくるのだが、アイディアが出てくるのとそれを自分が今やりたいかどうかは全く別ものなのだ。

それをちゃんと「それをあなたはやりたいか」と聞いてくれる友人たちがいることは改めて本当にありがたいことだ。

新しい季節の訪れとともに、社会に対して行う取り組みに対するスタンスももっと開けたものになっていくかと思っていたがどうやらそうでもないらしい。今はゆっくり静かに、自分の感覚を大事にしていたい。2020.3.29 Sun 17:52 Den Haag