594. 風に舞い上がる黒い凧

向かいの家の屋根の上で黒い凧がクルクルと回っている。そういえば去年もあの凧を見た。3月よりももっと後だったような気がするが、3月のことだったのだろうか。それとも今年はあたたかいから、それに合わせてあの凧を出す時期も早まったのだろうか。

そうだ、ちょうど去年のこの時期に日記を書くことを始めたのだった。

そう思って、ウェブサイトにアップしている日記の日付を確認すると2019年3月12日が最初の日付になっている。ちょうど1年が過ぎたところということか。

日記を書くこと。それを習慣にすること。

これまでの人生の中でやって一番良かったことを挙げるとするとこのことだ。日記を書くということが自分にとってどんな行為なのか、それによって何が起こっているかについてはまた改めて書きたいが、日記を書くことを勧めてくれた友人には感謝が尽きない。

思い返せばその友人が具体的な提案をすることというのはそう多くはない。それぞれの人にそれぞれのビューがあり、状況があり、一概に「これがいい」と言うことはできないということを知っているのだろう。表面的な行為ではなく、本質的な、自分自身の深く向き合う行いだけをピンポイントで提案してくれたように思う。

そして書いた日記を公開するということもやって良かったことだと思っている。決して誰かに見せるために書いているわけではないが、宇宙空間に浮かぶ小さな星のように、孤独の海に漂う言葉たちに出会い、ちょっとした化学変化が起こるような、そんな体験が出来ているのも彼が日記を公開し、そして日記を公開することを勧めてくれたからだ。

あたたかくなり、外に向かうエネルギーが大きくなってきた。書籍の原稿も、心地よい気候のうちに書き上げたい。日本が、世界がこの状況の中では、書籍の販売も含めて小売業は打撃を受けているところもあるかもしれないが、幸い今は電子書籍も一般的になっているし、電子書籍を自分でつくることもそう難しくはないようだ。出版社の力を借りてより多くの人に届けることができれば尚良いが、そうでなくとも言葉を重ね、それを人が手に取る形にできればと思っている。

庭の梨の木の花はここ数日で一気に木全体で開き始めた。まだ少し肌寒いが、もうすっかり新しい季節がやってきている。この、カラッとした空が、私の好きなオランダの空だ。(よく雨が降るのもオランダらしいというのが分かったのだが…)

バタバタと風に舞う凧の音を、これから数ヶ月聞くことになるだろう。カモメの声も心なしか明るく大きく、空に響き渡っている。2020.3.17 Tue 9:01 Den Haag


595. 20年後の自分との対話

昨日、20年後の自分と話をした。それは自分のコーチの一人とのコーチングセッションでのことだが、おそらく変性意識状態になり、日常の中では認知されていないものたちにアクセスをしたのだと思う。

20年後の私は海の近くのこじんまりとした平家に住んでいた。

海の近くと言っても、南の島などではない。どこか落ち着いた街のはずれにある海だった。海とつながるように、建物の1面が開けていて、そこに、細長いテーブルと長椅子が置かれていた。

玄関脇にぶら下がったチャイムを鳴らすと、扉の向こうから私が私を迎えてくれた。今の私よりも、さらに頭一つ分大きく感じた。「おかえりー」とハグをされた瞬間に、海に抱かれるようなあたたかさを感じた。

そして私は海に向かって椅子に腰掛け、彼女はテーブルの角をはさんで腰掛けた。

色々なことを話した。

詳しくはまだ心の中に留めておくが、私はきっと、あの景色をまた見ることになるだろう。

海の近くに住みたいという強い願望があったわけではないが、横浜で生まれ、福岡で育った私にとって、海はいつも身近にあって、何かあれば足を運ぶ場所で、そんなわけで今ハーグに住んでいて、やっぱりきっと海の近くが心地よかったのだろう。

今の自分よりも未来の自分が大きかったというのも、不思議な感じもするし、納得感もある。大きさは、人間としての大きさ、あたたかさ、優しさ、包容力などを表しているのだろう。

今よりもずっと大きな私だが、毎日どんな風に過ごしているかと聞いたら、「今のあなたと同じことをしている」との答えが返ってきた。日々静かに人と向き合い、言葉を綴り、学びを続け、そして自分や大切人との時間を過ごしていると。一つだけ今と違うのは、毎日夕日が沈むのを眺めていることだと言う。

「同じこと」というのは、見た目の行いのことであって、その在り方・向き合い方は変わっていっているのだろう。それでも、今と同じことをずっとやっていっているというのを聞いて、なんだか嬉しく感じた。

以前の私だったら、ずっと同じことをやっていくことを退屈に思ったかもしれない。もっと何かを成したいと思っただろうし、もっと何かを手に入れたいと思っただろう。

しかし今は、日々の、目の前のものごと・ひととの向き合い方が自分の幸せを決めているのだということが分かる。だからこれからも、淡々と、できれば楚々と(楚々というのは若い女性に対して使われることが多いようだが、いつまでもそんな在り方があってもいいのではと思う)日々を過ごしていきたい。

こうやって書いている途中に、私は自分が「20年後の自分」を50歳くらいに思っていたことに気づいた。随分とサバを読んだものだ。20年後は、50歳よりもむしろ60歳に近い。しかし、ここからあまり変わらないのだろうという気もしている。正確な年齢というのは、計算しなおさないと分からなくなってきた。

季節は巡るが、人は、ただ、てくてくとそこにある道を歩き続けるだけなのだ。

太陽の光が書斎の中を照らし、書棚の本も、一つ一つが際立って見える。何度も読んだ本たちも、これからまた何度も読み続け、そしてそこから新しい世界に出会い続けるのだろう。2020.3.17 Tue 9:23 Den Haag


596. それぞれの人から見た世界

書斎に入ると、随分とあたたかいと感じた。見ると、今朝、オフにしたと思っていた窓際の暖房が最大の強さになっている。どうやら、強さを調整するツマミを逆方向に回してしまったらしい。

一昨日の夜も同じようなことがあった。寝る前に水を飲もうと、寝室を出てリビングからキッチンに入ろうとしたときに、何やらあたたかさを感じた。リビングの脇に置いてある電気コンロのツマミが5のところに合わせてある。当然ながらコンロの盤面はあたたかく、その上に乗せてあるケトルが空っぽになっている。ケトルにはある程度の水を入れてお湯を沸かすようにしているので、それがなくなっているということは随分長い時間、あたためられていたことになる。もし水を飲みに来なかったら一体どうなっていたのだろうと怖くなる。

我が家は家の外側はレンガでできているので万が一火が出ても隣近所に燃え移るということはなさそうだし、そもそも火が出ているわけではないのだが、コンロの周囲にある木製のものが燃えないとは限らない。

「火事だけは気をつけて」と、一人暮らしを始めるときからずっと言われてきた母の言葉を思い出す。

しかし、気をつけているつもりがこれなのだから、同じやり方ではまずいだろうと、昨日から、電気コンロは使っていないときはコンセントを抜くことにした。そうすると今度は、コンセントが抜けていることに慣れていないものだから「ツマミを回してお湯を沸かしているつもりが、全く湧いていなかった」ということが起こるが、消し忘れよりはマシだろう。1週間も続ければ、コンセントの抜き差しも習慣の一つになるだろう。

今日も午後、散歩がてら近くのスーパーを3軒ハシゴし、最後の1軒でようやく3日ぶりにトイレットペーパーを買うことができた。まだ1ロールほどストックがあったが「見つけたときに買っておかないと、次にまたいつ無くなるか分からない」という気持ちが働いている。きっとみんながそう思っていて、あっという間に売り切れていくのだろう。

今日棚に残っていたのも数セットだったが、その横でちょうど補充をしているところだったので在庫としてはまだあるのだろう。ちゃんと供給も流通もされていると分かっていながら、「無くなったら」ということを想像して買ってしまう。

日本のニュースを見ているときは「なぜトイレットペーパーだけなくなるのだろう」と思っていたが、実際に自分が同じ状況に直面すると、トイレットペーパーを買いだめしておこうという心理がよく分かった。

よく分かったけれど、不思議と言えばやっぱり不思議でもある。確かにトイレットペーパーは誰しもが毎日使う消耗品なので定期的に買うことができないと困るのだが、それを言えば食料品だって同じはずだ。実際、一昨日はスーパーから食料品も多く無くなっていたのだが、今日はもうその一部が補充され始めていた。

しかしトイレットペーパーの品切れ具合は相変わらずである。

それは、相対的に食料品の方が多く売られているため、多少減っても無くなりはしないということなのか(一昨日と昨日はかなりなくなってはいたのだが)、それとも一般的に食料品は普段から備蓄を持っている人が多いということなのだろうか。

我が家にはほとんど食べ物のストックはないが、ヘンププロテインやソイプロテインの大きめのパックがあるので、何かあってもそれらでいっときはしのげそうな気がしている。しかしさすがにそれだけではという気もするので、昨日はオーガニックスーパーで蕎麦の実を買い足した。

「こういうときに周囲の人と食性が違うと、食べているものが品切れになるのも遅くて少し安心だ」なんてことを考えていた。

昨日の日記にも書いた気がするが、つくづく、「飽和の中の安心」に慣れてしまっているものだ。

先が見えない不安なときというのは、物を備蓄するかお金を貯めておくかという方向に一般の人は向かうだろう。しかし世の中にはちょっとやそっとのことが起きても生活が揺らぐことがないという富裕層が一定数いて、その人たちはさらなるビジネスチャンスに投資をするか、精神的な安定を得られることにお金を使うことが予想される。一般大衆向けに価格競争をするようなことは、そこにかかるエネルギーと気苦労の割には、何かのときにあっけなく打撃を受けてしまうだろう。自分自身がいかに、どんなにニッチであっても(むしろニッチで特殊な方がいいように思う)価値のあるもの・希少性の高いものを提供できるかというのは、心穏やかに日々を過ごしていくためにも、また人生の時間を何に向けたいかという点においても、重要なテーマだということを改めて感じている。

そんな中、最終的にはちょっとしたものでも野菜などの食べ物を自分でつくることができるようなるのがいいだろうか。

スーパーをハシゴしながら、閉まっているカフェなどを見て「こういうときに飲食や小売りというのはダメージを受けやすいなあ。それに比べて不動産というのはテナントが閉店していようが家賃収入を得ることができる。しかし、テナントが退去してしまったら家賃収入を得ることはできなくなる」などと言うことを考えていた。

家賃収入が減っていると、仮に建物全体を所有していて、建物を売却しようとした場合、物件価格自体が下がるということになる。

一方で長い目で見ると、物件価格が下がっているときは「投機」のタイミングではある。

こうして考えると改めて、事業のオーナーや一般の人と投資家というのは全く違うレンズで世界を見ているのだろう。景気が悪いことは、必ずしもネガティブなことではないのだ。

そんな中、昨晩、YouTubeで、不思議な人を目にした。1億6千万円以上の株式資産を保有しており、生活のほぼ全てを株主優待で賄っているというのだ。期限切れになりそうな優待券を使うために日々自転車を走らせ、飲食店に行き、食事をかき込む。金融資産というのは時間と心の余裕をもたらしてくれるものかと思っていたが、そうとも限らないようだ。しかし、「忙しく過ごしている」というのが、その人にとって心の安らぎをもたらすことなのかもしれない。

人は結局のところ、やりたいようにやっている。

どんなにお金を手にしたとしても、結局、時間の過ごし方の質というのは変わらないのだろう。YouTubeで目にした人は幸い元気に自転車を漕いでいたが、忙しく働かなくてよくなってもやりたいことが、働いていたときにやっていたことと変わらないということや、だいたいのことがやろうと思えばいつでもできるのだと気づく前に身体や心を壊してしまう人がいることを思うと何だか切ない気持ちにもなってくる。

経済成長をすれば幸せが手に入るという神話(実際にそうだったという時期もあると思うが)から、そろそろ目を覚ますときがきているのではないだろうか。

そうは言っても人は人だからそれぞれの人が好きにすれば良くて、自分自身が望む生活を続けていくことに集中していればいいという気持ちと、そうは言っても心や身体を壊してしまう人がいるのはあんまりなのではないかという気持ちとどちらもが心の中にある。

しかし最終的には、それぞれの人の人生。私にできるのは自分自身が心の望みと天から与えられた使命を全うして、数限られているながらも自分が関わる人が自分の心の声に気づくことを後押しすることだろう。2020.3.17 Tue 18:30 Den Haag