588. 生きているか

8時台の前半は、いつからこんなにも明るくなっていたのだろ。いかに目の前のことにだけ目を向けていたのかということに気づかされる。

あと2週間ほどでサマータイムも始まる。「サマー」と呼ぶにはまだ随分早いが、その頃には、今よりもさらに日の出の時間が早くなっているのだろう。

現在は企業とのミーティングの時間の始まりを日本時間の16時(オランダ時間の8時)に設定しており、サマータイム中は日本時間の15時(オランダ時間の8時)としていたのだが、今年は日本時間の16からの開始のままにしてみることにした。そうするとオランダ時間の9時の開始ということになる。朝の時間に余裕ができると、思考も含め、一日をより良い状態で過ごすことができるのではと思っている。

中庭の梨の木の枝のつぼみは、少しずつ開き始めている。ちょうど正面には、小さな花が3つ、咲いているのが見える。

昨日はお昼前から散歩に出かけ、20分ほど歩いた先にあるカフェに入った。Buddha Bowl という、ポケボウルを主としたメニューを提供している店だ。「Buddha」と聞くと、アジア風を想像するが、日本人から見ると「いたくオシャレなのに、肩の力が抜けている」ような、オランダらしいカフェだ。

窓際の、明るく陽が差し込んだ席に座る。

サーモンの入ったポケボウルを注文すると、「ベリーハングリーならラージサイズがいい」と笑顔で言われ、「ベリーハングリーだからラージサイズにしよう」と注文するも、出てきたポケボウルを見てオランダ人の胃袋と日本人の胃袋の大きさは違うということを思い出す。その大半は野菜やワカメ、サーモンなどなので肉類を食べるよりは随分と軽いのだが、それでも、後半はお腹がいっぱいになってきて、食べているそばから眠気さえやってくるほどだった。

テーブルの横を通りかかった店員に、どうだったかと聞かれるので、すっかり満腹だと答えると「ハッピースタマック!」という声が返ってくる。ハッピースタマック、聞くだけで何やら幸せな気持ちになる言葉だ。今度から「食べすぎてしまった」というときも、「ハッピースタマック」と言うことにしよう。

一緒に頼んだゴールデンミルクをちょびちょびと飲み、持ってきたシャーマニズムに関する本を読み進める。

ゴールデンミルクは、ターメリック(ウコン)や生姜、シナモンなどが植物性のミルクに入った、その名の通り黄色をした飲み物で、前回その店に行ったときにすでに飲んだことがあった。前回同様、ミルクは何ミルクにするかと聞かれる。確か前回は5種類くらいのミルクの名前を言われるものの、どのミルクも全くイメージが湧かなかったので、結局おすすめだと言われたものに決めたのだった。今回もそうしようと思っていたら、おすすめを聞く前に、「アーモンドミルクがおすすめだ」と教えてくれる。前回は確か違う種類のミルクだったはずだ。

「私のおすすめ」を教えてくれるとことも、オランダの(と言っても他国との比較はあまりできないのだが)好きなところの一つだ。飲み物でも食事でもスイーツでも、おすすめを聞くと「私はこれが好き」というのを躊躇なくハッキリと教えてくれる。その様子から「本当に好きなんだなあ」というのが伝わってきて、そのやりとりだけでも幸せな気持ちになる。

前回かその前に日本に滞在したときに汐留のホテルに泊まっていたことがあったが、ホテルの近くの定食屋さんの定員がロボットのようでビックリしたことがあった。明らかにマニュアル通りという言葉でしゃべり、カクッと腰を曲げてするお辞儀も機械のようなのだ。効率化と画一化の中で人間がロボットになっていく恐ろしさのようなものを感じた。

近年「AIに奪われる仕事」などというテーマが話題になっているが、どんな仕事を人間に残すか、どんな風に仕事をするかについて、私たちはもっと真剣に考えた方がいいのではないかと思っている。ロボットのように働く人と客の間には何も生まれるものはないし、ロボットのように働いて稼いだお金と、残りの時間で人間らしい楽しみを持つ人生というのは、生きていると言うことができるのだろうか。残りの時間があるならまだいい。多くの場合は、働く以外は疲れて寝るか、消耗した心身を癒すために消費をするかだ。「老後に楽しもう」なんて思っていて、楽しむことのできる老後がやってくるとは限らない。

「幸福度」などという言葉と、それを測る指標もたくさんあるが、結局のところ、今日という日の中で目の前の人と、心通じ合う言葉を交わすことができることや、自分の生命の躍動を味わうことができることが幸せなのではないかという気がしている。2020.3.12 Thu 8:57 Den Haag